新しい大陸が浮上する

今日はT太陽とT天王星が牡牛座19度「大洋から新しい大陸が浮上する」で合だったようだ。昨日の松村潔氏の動画の中に「既知の蓄積の奥から新しい大陸が現れる」という話があった。天王星とは未知の発見であり、自分の内奥から出現する未知なる大陸に自分で驚くこともあるだろう。人も地球も、揺れて生じる避け目から、未知なるものが現れ出てくる。 「新たな大陸が現れる」という話を聞いてからまたアトランティスのことを考えている。アトランティスは遠い過去だと語られるが、同時に未来のようにも感じられる。もしくは今ここで過去を新たに作っているともいえる。過去へ過去へと遡るのは、未来へ向かうことでもあるので、当然だろう。時は直線ではなく円環である。 インターネットに突然現れた物件がとてもよくて気に入り、一度も訪れたことはなかったものの、夢で見た場所によく似たこの街に引っ越して、ここに住み始めてようやく建物の名が「アトランティス」だと知った。昨年突然絵を描きはじめたのも、いつかアトランティスを描くためだった。 しかし、アトランティスはこれまでに語られ描かれたような世界ではないと思っている。では、一体どんな世界だっ…

連想に引っかかっている限り発見はできない

「連想(既知のイメージや概念、記憶)と発見はまったく別のものであり、連想に引っかかっていては発見はできない」というのはまさにその通りだ。何日か前に見た夢の中に、いつも使っている白いマグカップの内側にコーヒーの染みがこびりついていて、擦り落とそうとしているのだがなかなか落ちないという場面があった。わたしはそれを、自分の癖や歪みに気づいてもっと浄化しろという示唆として受け取った。マグカップ自体が信念体系であり偏りでもあるのだろう。 今日の松村氏の動画の内容は、この夢の場面が示す内容にも繋がっている。コーヒーの染みは、つまりCの樹(三次元のわたし)に溜まっている記憶やイメージや概念だ。 「中途半端な物書きは記憶にある既知ものを書くだけ、本当の物書きは記憶や調べてわかる程度の既知のものを吐き出し尽くした後に出てくる未知のものを書く」「タロットカードの意味や絵柄から連想されるイメージ/記憶といった既知のもに捕まっているだけでは、本当にはタロットリーディングはできていない」…

自分で自分に与えること

人生は、自分自身を発見あるいは再発見しては、自らのあらゆる側面を受け入れていくプロセスだと言える。延いてはそれは他者そして世界のあらゆる側面を受け入れていくプロセスにもなる。さらに言えば、人生とは、自らを知り、自らの望みに気づき、それを自分で与えていくプロセスでもある。 自分が本当に望んでいる(いた)もの、あるいは、求めていたけれど与えられなかったもの。それを、他者に要求するのではなく、自分で自分に与えていく必要がある。そしてそれは、無自覚な犠牲者の立場から抜け出すことにも繋がっている。 それをするためにはまず「わたしは無意識のうちに自分の願望を他者に投影し、他者に要求し、他者から与えられることを期待している」という事実に気づくことが必要だ。それは、無意識に一体化しているものから分離すること、つまり同一化から脱却することだと言える。 自分の望みを知り、自ら意図して、自分でそれを与えるとは、機械の状態あるいは漂うだけの流木の状態をやめるということだ。…

日本の記憶

日本で見た眺めを思い出す時にはいつも湿度の体感が蘇る。日本の風景とチェコの風景とでは、空も水も緑も土も色がまるで異なると描くたびに感じる。そしてそれは緯度の差による光と色の見え方の違いだけでなく、空気中に含まれる水の量が違うからだとも思う。 日本の記憶としていつまでも残るのは、特定の場所や眺めではなく、あの湿度の体感ではないかと思っている。湿度とそれがもたらす色そして匂い。…