久米島、シンリ浜

シンリ浜は久米島の西側、久米島空港の近くに位置する浜で、すぐ沖にある環礁によってラグーンが形成されている。私は昨年も今年も、この浜に面したホテルに滞在した。いわゆる繁華街(といっても久米島の繁華街は小さくてのんびりしているが)からは離れた静かなエリアで、ベランダからはいつでもこの浜を見ることができる点が気に入っている。日毎、時間毎に変化する海と空は、どれだけ眺めていても飽きることがない。…

久米島、夕暮れのアーラ浜

久米島の南西部にあるアーラ浜は、珊瑚や貝殻に覆われていて、足を踏み出すたびにカラカラと音が鳴り、波が寄せては返すたびにシャラシャラとした音が響く。 すぐそばにはアーラ岳がそびえ、ある人の話によると、ここは海の神と山の神が出会う/ぶつかる場所だという。周囲を山に囲まれているためか、人の気配の少ない静かな浜で、昨年初めて訪れた時にすっかり気に入ってしまった場所のひとつだ。 0:00 /0:33 1×…

久米島、畳石

久米島、畳石。約600万年前の火山活動によって形成された柱状節理の断面が、波浪によって侵食されて、現在のような地形が作り出されている。 ここは、数年前に見た夢の中で訪れた場所によく似ている。初めて畳石の写真を目にした時には、「え!」と思わず声をあげて驚いたほどだった。その夢の中では、浜辺に無数に並んだ六角形の石のひとつひとつの真ん中に、現地の神である半人半魚の化石のような形/紋章が浮かび上がっていた。 石畳の岩も、中心部が少し盛り上がっていて、やっぱり夢で見た光景によく似ている。…

シマバルようじでの出逢いとやちむん土炎房を訪ねて

久米島滞在2日目の夜に訪れた シマバルようじ で、お店を切り盛りする兄弟のお母様が親切に話しかけてくださり、話の流れの中で私の絵のポストカードをお渡ししたところ、お土産にと揚げたての天ぷらまでいただいた。パッケージの上には、食べ物をマジムン(魔物)から護るというサングヮーという魔除けも載っていた。 「シマバルようじ」は平成3年3月3日に兄弟妹の3人でオープンされたそうで、祖母・母・私と3代続けて誕生日が雛祭りの身としては、一度訪ねてみたいお店だった。店内は大盛況でほぼ満席だったが、たまたまカウンター席のみ空いていたので、無事に入店することができた。 お店を運営されている兄弟のお父様は陶芸家で、山の上にある一軒家で やちむん土炎房 という工房を長年営んでおられると教えてもらった。お母様から「一度いらしてください」と言ってもらい、後日改めて訪問した。工房の庭は、はての浜も見渡せるほど眺めがよく、風通しのいい畳敷きの工房でお母様とぽつりぽつりと言葉を交わしながら、しばし穏やかな心地よい時間を過ごした。…

久米島では

久米島では、どこを運転していても思わずはっとするような眺めに出くわすことが多くて、目的地へ向かう途中に何度も車を停めては、つい写真を撮りたくなってしまう。…

熱帯魚の庭

久米島、比屋定、「熱帯魚の家」と名付けられた海岸。ここでは潮溜りに集まったたくさんの熱帯魚を見ることができる。 この日は太陽の光がひときわ強く、キラキラと眩しく輝く水面の下、鮮やかな色をした魚たちが泳ぎまわっているのが見えた(水面を写した写真の中の鮮やかな青い物体はすべておそらくルリスズメダイ)。 昨年ここを訪れた時もそうだったが、今年も私以外には誰もおらず、波と風の音に包まれて、ゆらゆらと煌めきながら美しいグラデーションを描く水面をしばらく眺めつづけた。 0:00 /0:18 1×…

与那国馬の背に乗って

久米島滞在4日目は、与那国馬の背に乗せてもらって、あまり知られていない眺めのいい丘へ連れて行ってもらった。私を乗せてくれたのは、経験豊かな雌馬、久米島馬牧場のムギちゃん。馬の背の上で過ごした時間は、静かで、穏やかで、心地よかった。…

登武那覇城跡へ

今日は午後までホテルの部屋でのんびり過ごし、ほんの少しだけパステルでスケッチをした後、スポーツショップ・アクティブのオーナーさんに教えてもらった登武那覇城跡を訪れた。 登武那覇城は、伊敷索按司の三男である笠末若茶良(がさしわかちゃら)が城主をつとめたグスクらしい。笠末若茶良は民から慕われる人望厚い城主だったが、首里の命令により息子を討つことになった父によって攻めこまれた。戦いは父方の敗戦に終わったが、落胆した笠末若茶良は母のいる粟国島へ向かった。しかし、船は時化にあい、東奥武島に続くサンゴ礁、御願干瀬に乗り上げてしまった。笠末若茶良はなんとか命を取りとめて登武那覇城下の浜に辿り着いた。しかし、笠末若茶良の窮地を知った父によってふたたび攻めこまれて、最後は自害したと伝わっている。…