下なるものは上なるもののごとく、上なるものは下なるもののごとし

わたしはもう、社会的自我レベルの"運勢"を占うことに全く興味はないけれど、世界の動向や情勢と天体配置を照らし合わせたり、過去のサイクルを遡って調べたりすることに飽きてはいない。 昨年11月に冥王星が水瓶座に移動した。ここから約20年かけて冥王星は水瓶座を運行する。冥王星は占星術において、徹底的な破壊と再生を象徴する惑星だ。そして、今年は3月末に海王星が牡羊座へ移動し、5月には土星が牡羊座へ移動する。また、7月には天王星が双子座に移動する。外惑星と呼ばれるこれら天体の星座間移動が続く今年は、一言でいえば「大変」である。正直なところ、いよいよとんでもない時代がやってきたなと思っている。そして、この「大変」は今年だけでは済まず、少なくともこの先数年は続くだろう。多くのフィールドにおいて大きなパニックが発生するのではないかと予想している。ちょっと高尚な言い方をするならば、意志(さらに言うなら魂レベルの意図)が揺さぶられ試される時代だ。 地上で何が起きているのかを俯瞰し、且つ地上で生き延びていくために、いよいよ重い腰を上げてマンディーン占星術と金融占星術の基礎知識を学習しようと思っている次第…

北方志向

もう何年も前のこと。極北の先住民族と彼らを取り巻く自然を大判カメラで撮影し続けているある写真家に、「なぜあなたはそんなにも極北に惹かれるのか」と尋ねたことがあった。どうして彼が身の危険すら冒してまで過酷な環境に出向くのか、その衝動の基にあるものが一体なんなのか、単純に興味を覚えたからだった。 彼は、おそらく彼自身も端的に言語化できるものではない自らの衝動についてなんとか説明しようとしてくれたが、最終的には「多分、僕は北方志向なんだよ」と言ったことをよく覚えている。 まるでその中に悠久の時が流れているような彼の素晴らしい写真作品はもちろんのこと、彼から聴いた先住民族の間で語り継がれる神話や古事も魅力的だった。また、彼自身が極北で味わったさまざまな体験も興味深いものだった。 わたしは以前から北方の画家や音楽家の作品に惹かれることが多かったが、自ら絵を描くようになってからは、その傾向はより強まった。やがては、北極圏を訪ねてみたい、その光と色、自然を見てみたいと思うようになった。また最近は、サーミ人の文化に興味を持ち始めている。 そうして今となっては、かつて写真家が自らについて言った「…

自然の中へ

夏に訪れる予定のラップランド(本当はサーミ・ランドあるいはSápmiと呼びたいが)では、まさに"wirderness"という表現がふさわしい北極圏の大自然を味わえる国立公園や自然保護区を歩きたいと思っている。今回わたしが訪れるあたりの山の標高はそう高くはないけれど、それでも片道10~15kmは歩くことになりそうなので、足馴しはしておきたい。レンタルバイクもあるようなので、マウンテンバイクで走るのもよさそうだ。 しばらくハイキングからは遠ざかっていたので、今年はチェコでもたくさん歩こうと思う。また、せっかく広範囲に渡ってサイクリングルートが整備されている南ボヘミアに暮らしているので、そろそろ自転車を入手して、Vítの実家があるTřeboňskoの辺りを走ってみたいとも思う。 わたしの母は昔から身体を動かすことが好きで、毎日のようにジムへ通い、毎週どこかへゴルフに出かけるだけでなく、50歳も半ばを過ぎてから登山まではじめた。当時、都会暮らしに浸かっていたわたしは、そんな母の様子を「元気だなあ」とただ眺めるだけだった。 40歳を過ぎてから思いもよらず移住したこの国で、初めて「近所への散…

地球の外へ飛び出すには

物質的な肉体は地球に属しており、地球の外へ飛び出すようには出来ていない。そうしたごく限られた範囲でしか通用しない肉体ごと他の惑星に移動したいというのは、新しくもなんともなくて、むしろ古い(頭の固い)考えだよな、とふと思った。肉体は地球からの借り物なので、それは地球に置いたまま、意識が移動/移住すればいい。 ロバート・モンローなどが探究していたのもそういうことだし、おそらく古代文明においてもそのために様々な取り組みが成されていたのではないかと思うので、肉体は地球に置いたまま意識のみ地球外へ移動/移住するというのも、そう新しい考えではないけれど。しかし、物質的肉体ごと地球外へ移動することに執着するよりは、進歩的な気がする。 結局、肉体とその属性だけが「自分」だと思っているから、地球の外まで物質的肉体を連れて行きたいと考えるのだろう。脆く儚い物質的肉体とそれに付随する小さな自分に執着すること自体が、わたしにとっては古い(頭が固い)と感じられるのだな。…

記憶の中の風景

13~4年ほど前に受けたヒプノセラピーの中で、「過去の記憶」として見た風景と場面を今でもよく覚えている。わたしはどうやら男性で、民族衣装のようなものを身につけ、小さな白い馬を連れて旅をしていた。そこは人の生活の気配などまったくない広大な荒野で、はるか彼方にはそれほど高くはない山稜が見えていた。 わたしが属する部族の間では、ある種の人々は定期的に生活の場(村)を離れ、一人で荒野に出て静寂を過ごさなければならないという伝統があった。それは、自然と一体化し、また自分自身に還るために必要な儀式だった。 自然にできたと思われる大きな岩の中の洞窟のような空間に横たわり、岩の隙間から見える夜空を見上げていた場面が特に印象に残っている。空には無数の星が輝いていた。自然と一体化し、自分自身に還るとは、星と繋がることでもあった。旅の友である白い馬は傍らで静かに佇んでいた。ただただ静かで安らかだった。 後になって、あれはいったいどこだったのだろうと思い、アメリカやカナダの荒野の写真を探してみたことがある。しかし、わたしが見たはるか遠くの山の稜線はそれほど高いものではなかった。今日になってふと、ラップラ…

空の上で

夢の中で、大きな船で生活しながら旅をしていた。確かに船だったと思うけれど、窓の外に見えるのは海ではなく、空の高いところを移動しているようだった。船の中には人がたくさんいて、客室内は随分散らかっていた。廊下には掃除係らしい人たちがいて、わたしは「散らかっていて申し訳ないなあ」と思っていた。 その後わたしは、夢の中では知り合いらしい知らない女性とともに、セルフサービス式の食堂のようなところで食事をしようとしていた。ショーケースにカラフルで美味しそうなデザートがいくつも並んでいたのを覚えている。 夢の中では、地上にいるよりも、空の上や雲より高い場所にいることが多い。宇宙船の中にいることもある。身体を使って起きている間も、船のようにも見える自宅の窓や屋上から空を見ていることが多く、用事がある時にしか地上には降りないので、似たようなものかもしれない。 以前ある人から「あなたの前世は(浮浪雲の)雲みたいな人だったのかもね」と言われたことをふと思い出す。これまで複数の人から「(ある土地の)上空にいるイメージ」だとか、「龍のように雲に乗って流れている」とか言われてきたが、わたし自身にその自覚がな…

更年期というゆらぎ

ホットフラッシュ/のぼせと同時に、寒気/悪寒が繰り返しやってきて、暑い(熱い)のに寒いという複雑な状態を味わっている。慢性的な疲労感と倦怠感、身体のあちこちの痛みなど、日々どこかしらが不調である。更年期、つまりホルモンバランスが大きく揺らいでいるのだろうから、仕方ないとあきらめて、心身になるべく負荷をかけないよう過ごしている。おかげで、毎日自らの身体の変化につきあっていくだけで精一杯だ。 次に日本へ行く時には、漢方相談をしてみようかと考えている。昨年9月に受けた人間ドックの検査結果はすべて良好だったので、身体そのものの状態に不安は無いが、更年期特有の症状や不調を和らげてくれる漢方があるなら試したい。以前に日本で定期的に婦人科検診を受けていた頃は、PMSの緩和に向く漢方を定期的に処方してもらっていた。 こちらでも、プラハなどの大きな都市では中医学のクリニックをちらほら見かけるけれど、何となく気乗りがしなくて試さずにいる。幸いなことに、現在私は体調の揺らぎに合わせてスケジュールを柔軟に変更できる環境にいることもあり、まだそこまで深刻な苦痛や不便を感じてはいないというのもある。 以前、…

旅先で母と

夢の中で、母とともにどこか旅先にいた。幼友達とその母親も一緒にいた気がする。母は病気なのか随分痩せ細っていたけれど、自分の足で立って歩いていた。とはいえやはり彼女は疲れている様子だったので、わたしたちは幼友達母娘とは一旦別れて、先に滞在先へ戻ることにした。わたしは母の身体を支えながら、大きな道路を渡ってゆっくり歩いた。夢に母が現れたのはちょっと久しぶりだった。…