美的感覚

わたしが撮った写真や描いた絵を見た人から、「日本的美意識を感じる」と言われたことがこれまでに何度かある。自分で意識していなくとも、生まれ育った環境の影響は滲み出るものなのだろう。 昨日何気ない会話の中で、自分が特に惹かれる画家の名を7人挙げたところ、そのうち3人が日本の画家で、自分でも意外だった。最も長く暮らした地は日本なので、それ故に日本の芸術家をより多く知っているだけかもしれないが。…

昔の実家、母の部屋、古い家具

夢の中で、しばらくぶりに今はなき昔の実家を訪れていた。2階には、昔と同じように母の部屋とわたしの部屋があった。わたしはどこかから到着したばかりのようで、自分の部屋にバックパックを置いた。母もまたどこかから帰ってきたばかりのようで、彼女の部屋にはたくさんの服や小物が散乱していた。 わたしは母の部屋を片付けることにした。散らかった服をハンガーにかけ、窓際のテーブルや戸棚に置いてあるものを整理した。手のひらに乗るくらいの大きさのアラーム付きデジタル時計があり、わたしは「母はこれを持ち歩いているのだろうか」と思った。いつもと同じように、母の姿は見えなかった。 廊下には母が使用したらしい全身鏡があった。その鏡はかなり古いもののようで、動かそうとすると部品が次々と外れてしまうほどがたがただった。廊下の隅にあった小さな戸棚もかなりくたびれていて、扉を開けると背面の板が剥がれ落ちた。どの家具もすっかり古くなくなってしまったのだなと思った。 その後、わたしは自分の部屋で何かして、階下に降りたように思う。1階には祖父母がいたことも覚えているが、いつものように彼らの姿は見えなかった。…

魚屋の店先のオットセイ

夢の中で、車線がいくつもある近代的な道路を渡ると、古い小さな建物がひっそりと軒を並べる通りがあった。そこだけ時が止まっているかのようだった。その通りを左手に歩いていくと、魚屋の店先にオットセイがいた。どうやらその魚屋で飼われているらしい。 さらに歩くと、小さな居酒屋のような店があった。 中に入り飲み物を注文した。 古い木造家屋を改造したようなその店にはカウンターしかなく、数人が座っただけで満席だった。 やがて多くの観光客がやってきて、窓の外には行列もできていた。 わたしは店を出ることにした。店員の女性がすまなそうに話しかけてきたが、私は喉が渇いていただけで食事をするつもりはなかったので大丈夫だと伝えた。 どうやらわたしは以前からその店のことを知っていて、その女性とも顔見知りのようだった。…

能登島の海の水

2022年7月に訪れた能登島の海の水を描いたのはこれで4枚目だが、まだまだ描きたい。 同じ写真を切ったり大きくしたりしては何枚も描きたくなる。 描くことそのものよりも、何を描くかを決めることのほうが難しく、いつもそれに時間がかかる。 描き始めたら、仕上がるまでひたすら描くだけなのだが。…

大宇宙と小宇宙

自我は被膜であって、覆われている中身ではない。 その外側だけでなく、内側にも、宇宙(理)が層を成している。…

自我という膜を超えて

身体が眠っている間、精神は肉体という制限を超えて自由に旅をしている。そうして精神は、個々の分離や時空の制限を超える体験、地を這う肉体に閉じた自我の理解を超える体験をしている。実際の感覚としては、精神が肉体という枠からはみだして自由に広がっていくようだ。 だから、夢を見ている時に無理やり起こされるのは不快だ。せっかく肉体という枠をはみだして地上の自我を超える宇宙を味わっていた精神が、突如また肉体に引き戻され、閉じ込められてしまうからだろう。時にはショックのあまり、目覚めた後も呆然として、一体何が起きたのかとひどく動揺してしまうこともある。 夢を途中で妨害された時のあのショックを味わうたびに、現実と夢、ひいては生と死(眠りを肉体の仮死状態としてみなした場合)を切り離し、一方だけを重視するのは間違っていると思う。夢を単なる脳のはたらきとしかみなさずに軽視するのは、半分しか体験していない=半分しか生きていないようなものだ。 眠りの間に見ている夢そのものは、肉体に属する個の自我を超える体験だが、目が覚めた後に残る夢の記憶は、既存の知識や経験に基づいて“理解したがる”自我によって編集され…