Atlantisの船に乗って

わたしたちが3年半前から住んでいるフラットがある建物には「Atlantis」という名が付いている。そのことに気づいたのは、ここへ引越してしばらく経ってからだった。 建物には、船や海、波を思わせるデザインがあちこちに施されている。わたしたちが住んでいるフラットも、いちばん広い部屋の壁がゆるくカーブを描いていて、東に向かう船の左舷と船首を彷彿とさせる。以前この場所には市場(ショッピングモールかな?)があったそうだが、それが焼失してしまった後、現在の「Atlantis」が新たに建てられたらしい。 わたしの母が他界した後、さくらをチェコへ連れてくると決めた直後に、Vがオンラインでこのフラットの情報を見つけた。わたしも彼も室内写真に強く惹かれ、すぐ彼に内見に出向いてもらった。当時、わたしは日本で死後事務と遺品整理、さくらの移住の準備を進めていた。そうしてわたしは、それまで一度も訪れたことのなかったこの街への引越しを決めた。わたしたちはそれよりも以前からいくつかの街で物件を探していたが、納得のいくフラットや家は見つからなかった。だからわたしは、さくらがこのフラットを引き寄せてくれたのだと思って…

時を描く

先日ふと、わたしは時を描こうとしているのかもしれない、と頭に浮かんだ。 描くことによって、何処から来たかを思い出そうとしているようにも感じるし、それはまた、何処へ向かうかという指針にもなる。…

やがて風に還る

がらんとした昼間の電車に揺られながら、窓の向こうの風にそよぐ木々や草花を眺めていると、さくらも、母も、あの友人も、あの知人も、みんな風に還っていったのだなと思う。 悠久に巡りつづけるあの風。 形ある個体としてめぐり逢い、共に過ごした僅かな時間は、必然であると同時に、またとない奇跡でもあった。…

見えないところで

ある人が送ってくれた写真を元に海の絵を描いている。彼女とは、わたしが絵を描き始める前からInstagramで互いにフォローしあっている。 顔を合わせたこともない遠いところにいる人たちが、わたしが描いた絵に嬉しい賞賛の言葉を送ってくれたり、さらには美しい海の写真や動画を送ってくれたりもする。そしてわたしは、そうした距離も言語の違いも超える交流にいつも励まされている。…

束の間の夢

歳をとり、自力で立てなくなって、食欲もなくなり、痩せ細っていく犬たちの姿をSNS等で見るたびに、さくらの旅立ちを見送った日々を思い出す。そして、飼い主さんたちの想いだけでなく、大変な日々も想像でき、身体の中に深い深い静けさが広がる。それは、底のない真っ暗な穴のごとき静けさ。 みんなあっという間に旅立っていく。 残った記憶はすべて夢のよう。 終わらせるためにここへ来た。 そう気づくよりもずっと前から、今回は幾つもの命を見送るような気がしていた。…