パラレルワールドへ

パラレルワールドへ

先日ふと思い立って、これまでしばらく自分が撮ったピンホール写真を投稿してきたグループから退会した。数ヶ月前からグループ内の様子が変化してきて、何だか違うなと感じていたので、すっきりした。

今日は「パラレルワールド」という言葉を何度も目にした。次の新月は日食だ。松村潔氏によれば、日食は上位の意識が介入する(そのことにに抵抗をあまり感じない)ポイントであり、タイムラインの方向を変えるレール切り替え装置だという。日食にあわせて飛び込めば、その後は違う世界になる。その動きは既に始まっていると感じる。

折り返し点は、それまで継続した視点からするとまさに空虚そのもので、虚脱以外の何ものでもない。空っぽになった時、上位の意識としては、この時に「やっとわたしの言うことを聞く気になったか」と思うが、それに気がつかない人が多い。このインターバル点を無駄にすると、人生はいつも出発点に戻って、何もしていないことに気がつく。付け加えておくと、この折り返し点の空白に、他者の意見などを取り入れたりすると、その人は穢れの人生を進むということにもなる。というのもそれは意図がはっきりわからないのでごまかしたということなのだから。
20181224 流木でなくなること
ノストラダムスは、未来を選び、その方向に進んでいくことができるなら、流木のように生きる人々ではなくなると言ってるらしい。この場合、あまり複雑なことを考えなくても、法則として上の次元にあるものは下に対して無条件の介入ができるということを活用すればいい。ただし、下の側からすると、一...

タイムラインがちょこっと方向を変えていくレールの切り替え装置は、日食です。日食で飛び込むと、その後が違う世界に。なぜならそれは聖なる干渉であり、上位の意識が関与することで、下位の機械的コースは変わる。
20180930 D.K.のノストラダムス本の序文に対して
わたしが神の子羊とよく書くのは、この流木のこと。意図の不在な生き物。そもそも何したいのか、どこに行きたいかもはっきりしない。タイムラインのことを、わたしはエーテル領域とも呼んでいて、基本は7つあって、つまり7つの地球があると考えてもいい。やわらかい時はエーテル領域で、そこに住む...
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