悔いのない野垂れ死に
‘野垂れ死に’という言葉はどうやらひとつのキーワードのようで、わたし自身が言ったり書いたりするだけでなく、わたしが共にいて愉快だと感じる人たちや、近い価値観や考え方を持っているなと感じる人たちから聞くことも多い。 わたしは8年前に「僅かでも気が乗らないこと、少しでも不本意なことは一切やらない、もしそれで生き延びられないなら野垂れ死にしよう」と決意して今に至る。結局わたしは今でも生き残っているし、むしろあの頃よりもずっと愉快に生きている。 決意した当初は、少ない貯蓄がひたすら減っていくのが不安で、「本意ではないけれど金を得るために働こうか」と思いもしたが、自分の中の不安を繰り返し認めて受け入れながら、不本意なことは一切やらないと徹底した。 現在わたしは仕事をしているけれど、金を稼ぐために働いているのではない。自分が「おもしろい」と感じる人たちとともに、やはり「おもしろい」と感じる目的のための活動に参加していると思っている。そうして仕事をしながら、やりたいことをやり、好きなように作りつづけている。 本当にやりたいこともやらず、ましてや自分が本当は何をしたいのかもわからないまま、金や…