人が同じ話を何度も繰り返し語るのは、彼/彼女にとってそれが「そうであってほしい」理想の物語だからなのだろう。彼/彼女は他者に向けて語りながら、実は自分自身に繰り返し言い聞かせ続けている。それはおそらく、彼/彼女が信じている”自分(自我)”を保つための都合であり、「おはなし」なのだ。
わたしの母は生前、何かにつけて「女一人でここまでの財産を残せる自分はすごい」というようなことを言っていた。彼女の中に、そう思いこまなければ保てない自我の都合、つまり「おはなし」があったのだろう。そして、その根底には、彼女が受け入れたくなかった彼女自身の影(事実)があったはずだ。
また、母の内縁の夫はよく「わたしの母親はすばらしかった、わたしは母から本当に愛されていた、マザコンと言われるのは光栄だ」というようなことを語りたがった。こちらから尋ねてもいないのに同じことを何度も語るので、おそらくそれは事実ではなくて、彼自身が信じていたい「おはなし」なのだろうと思うようになった。
わたしのパートナーもまた、ある種の話題になると必ず同じことを語る。それについて、わたしは何も言及はしないが、それを語り、確認することは、彼にとってアイデンティティを保つために重要な要素なのだろうと思いながら聞いている。
そして、わたし自身も、無自覚なまま同じ「おはなし」を繰り返し語っていただろうし、今も気づかずに何度も語っている話があるかもしれない。身近な他者を観察しながら、自分自身を振り返っている。