不満足のままでいたい人もいる

わたしの母のパートナーには長年別居したままの妻がいる。過去には女性二人の間で激しい衝突もあったと聞いた。母が死んだ後、わたしは彼に率直に「なぜ、あなたの妻はそれでも尚あなたとの離婚を拒否するのか」と尋ねたことがある。彼はにやりと笑って「愛されてるからや」と言った。 わたしはぎょっとしたけれど、彼もやはり依存と執着を愛だと勘違いしている人なのだとわかった。彼だけでなく、彼の妻も、わたしの母も同じだった。だから互いにずっと依存しあい、執着しあってきたのだろう。 本人たちが依存と執着の中にいたいのだから仕方ない。母は自らの依存に気づきながらも、そこに留まったまま死んでいった。彼女がそれを選んだのだし、それでよかったのだろうと思っている。 わたしは自分が巻き込まれないよう彼らの物語から距離を置いてきたが、彼ら自身の選択を否定はしない。人はみな生きたいように生きる。人は人、自分は自分、それだけのことだ。…

出現を待つこと

言葉は追いかけると逃げる。とらえようとすればするほど取り逃がす。だから、風の通り道を作るように自分の状態を整えて、あちらの方からやってくるのを待つ必要がある。 写真も同じだ。追えば追うほど逃し続ける。だから、あちらからやってくるのを待つしかない。それも、ただ待つのではなく、やってきたものに自ずと呼応するよう、通りのよい自分でいる必要がある。 こう書いてみて、言葉も、写真も、手段なのだと実感する。言葉や写真が目的ではなく、言葉を通して描き出される何か、写真を通して現れる何かこそが目的なのだ。そして、それは、捕まえようとすればするほど逃げていく。だから、手段が何であれ、自分自身の通りをよくして、静かに待つことだ。 見つめることと待つこと、それが美しいものにふさわしい態度である。自分で考えつくことができ、欲求することができ、願望することができるかぎり、美しいものは出現しない。だからこそ、すべて美の中には、除き去ることができない矛盾、苦、欠如が見出される。 ― シモーヌ・ヴェイユ…

草野マサムネさんと一緒に歌う夢

夢の中で草野マサムネさんと一緒に歌っていた。船あるいは宇宙船の中のような空間だった。二段ベッドのくちゃくちゃになったシーツの上で、気持ちよく最後まで歌いきった。彼が書く歌詞は声に出して歌うと気持ちいい。あちらでもなくこちらでもない境界線上をうまく描いている。 確か、彼の火星は水瓶座15度「フェンスの上にとまっている2羽のラブバード」で、わたしの水星と同じ位置だった。他の天体もなるほどという配置だったのを覚えている。彼が書く歌詞はわたしの中である種の型になっている。その言葉にはするりと向こう側へ抜け出すような作用がある。…