爆破予告のために職場で避難指示が出た今日のこと

職場の入口に到着したとほぼ同時に、男性の声による全館放送が始まった。「爆弾を仕掛けたという通報があったため全員建物から出て避難するように」との指示だった。既に荷物をまとめていた他のスタッフとともに外へ出たら、付近には既に警察が到着していた。わたしの職場の周辺は複数の大学が集まるエリアなのだが、各大学施設にも同じように全員への避難勧告が出されたようだ。 大学施設の一部は既に入口が封鎖されて複数の警察が集まっていた。しかし、そのすぐそばでは、何人もの学生たちが「Dynamit, Dynamit(ダイナマイト、ダイナマイト)」と歌うチェコの有名なバンドの曲を流しながらお菓子を食べて集っていたのはおもしろかった。いかにもチェコという感じだ。 わたしたちは、時々ランチを食べに行くオフィスビルで事の成り行きをしばし待つことにした。もしかすると、予定よりも早く「爆弾はありませんでした」という発表がなされて、職場に戻れるかもしれないと思ったからだ。早めの昼食を食べた後は、カフェでミーティングやその場でできる仕事をしていた。しかし、どうやらやはり明日まで職場のある建物へは入館できないようだったので、…

アンタレスは夢の中では高級ホテル

昨夜は「アンタレスに行くよ」と言ってから眠りについた。眠る前にはいつも様々なビジョンを見る。たまにそれがあまりに鮮烈で一旦目が覚めてしまうことすらある。昨夜はいくつかのビジョンを追っているうちにすーっと眠りに落ちた。 いくつも夢を見て、何度か中途覚醒もしたが、朝になって覚えていたのは二つのシーンだけだった。一つは、どこかの高級ホテルのレストランで、4名用のテーブルが空いているか尋ねているシーン。結局テーブルは空いていなかったのであきらめ、わたしは自分が宿泊している部屋に戻った。 アンタレスを意識するとよく高級ホテル(豪華な造りのホテルのロビーやラウンジ、設えのいい広々とした客室など)の夢を見るので、多分アンタレスはそういうところなのだろうと思っている。 もう一つの夢には、長らく連絡も取っていないチェコの知人が出てきた。夢の中で彼はトランペット奏者として小編成の室内楽団に参加していて、これからコンサートが始まるという。場所はなぜかわたしの昔の実家の部屋で、時間は夜の12時半頃だった。わたしはびっくりして「え、こんな夜中に演奏したら音が周辺に響き渡ってしまうよ」と言ったが、彼は…

物語を書きながら、物語を生きる

物語を書くことを思いながら、自分自身が物語の中の登場人物であるかのようにも感じている。創り手と創造物を同時に味わっている。物語の作者は、物語の世界とそこに生きるあらゆる存在の創造主だが、それと同時に、物語の中の存在が作者を動かすということもあるだろう。こちらとあちら、あちらとこちら、どちらから見ようがそれらはひとつだ。…

異界へと通じる裂け目

なんとなくまっすぐ家に帰りたくなくて、オフィスを出た時にちょうど目の前にやってきたトラムに飛び乗った。行く宛はなかったが、乗り込んだトラムが18番だったので、マラー・ストラナを通過し、マーネス橋を渡り、ヴルタヴァ川沿いを南下して国民劇場の角を曲がり、国民通りに着いたところで降車した。行き先は自宅やオフィスの周辺でなければどこでも良かった。とはいえ、観光客が集まるエリアや、洒落たレストランやバーが並ぶ賑やかな場所へは行きたくなかった。トラムの中で、明日が射手座の新月だということを思い出したので、国民通りから南南東へと広がるプラハの射手座エリアを歩くことにした。 トラムを降りたところでお腹がすいていることに気づいたので、何度か訪れたことのあるベトナム料理屋に入った。ベトナム料理屋ではいつも同じものを食べてしまいがちなので、たまには他のものを選ぼうとメニューを何度もひっくり返してみたものの、結局またいつもと同じものを注文した。数ヶ月前に訪ねた時とはメニューも、顔ぶれも、流れる音楽も違っていたので、対応してくれた店員に尋ねたところ、7月末に経営者が変わったらしい。出された料理もやはり、盛り…

複数の夢の断片と時間という身体感覚

また12時間以上眠っていくつも夢を見た。母が風俗店かラブホテルのような場所を運営している夢、カンボジアの熱帯雨林で野生蜜蜂の蜂蜜を採集している知人と話す夢、映画撮影にエキストラとして参加したことを知らない女性たちに話している夢、見晴らしの良い高台に造られた寺院の庭を歩いている夢。 記憶はどれも途切れ途切れだが、いくつかの光景は映画のワンシーンのようにはっきりと思い出すことができる。おそらくそれぞれ別の夢だったのだろうけれど、まるですべてが一つの旅の中で起きたことのようだ。 睡眠中、意識は肉体からはみ出ているので、起きている間に感じている”時間=肉体と体感をベースとした感覚”からは解放されている。つまり、夢はいわゆる”時間”からはまったく自由だ。わたしたちが夢を認識するのは目覚めてからなので、そのビジョンは脳によって時系列的に編集されているけれど、実はそれらはすべて一瞬のことなのだろう。 今日目覚めた後、わたしはいくつかの夢の記憶を一連の旅の中の断片のように感じたが、それらは一瞬の中の複数の側面なので、その感覚は間違いではない。起きている間に感じられる”時間”も、同じ視点から眺める…

ふたたび白いムース状の菓子を食べる夢

夢の中でまた白くて甘い菓子を食べていた。今朝の夢に出てきたのはたっぷりと空気を含んだムース状の菓子で、形は小さなドーム型、上にはイチゴやベリー類が載せられていた。わたしの隣には知らない男性(夢の中では親しい知人だった)がいて、「美味しいね」などと会話をしながら互いのお菓子を食べ比べをしていた。途中で若い女性が近づいてきて「わたしも食べてみたい」と言ったので、スプーンで一口分けてあげた。 隣にいた男性は夢の中では母の親しい知人という設定で、わたしは彼に「あなたの車を運転したことがある」と話していた。彼の車は大きな高級車で、わたしがそう話したところ、彼は「そうか、じゃあよく知っているんだね」と少し驚きながらもにこやかに喜んでいるようだった。 昨日はリルケが住んでいたというあたりを訪ねたこともあり、「これから書こうとしている小説の導入部を引き出してほしい」と誰ともなしに頼んでから眠りに落ちた。そうしたら、また白くて甘いおいしい菓子を食べる夢を見た。どうやらこの菓子がヒントのようだ。…

時間という幻想

2019年11月16日 過ぎたことはどんどん別世界(前世)になっていくので、ふとした拍子に「あの出来事は〇〇年前の今日だった」などと気づくといつも不思議な感覚に陥る。つい先日のようでありながら、はるか遠い昔のこと(または誰かの身に起きたこと)のようだ。肉体を超えれば時間など無いのだからその感覚は当然のことだけれど。 プラハの街を歩いていると時間の感覚が消えていく。迷い込んだ路地の突き当りから、ふと見上げた劇場の窓に映る影から、雨に濡れて転がる外れた石畳の下から、時がほどけていく。144年前にこの街で生まれたリルケも、232年前に交響曲第38番「プラハ」を作曲したモーツァルトも、420年前にティコ・ブラーエに呼ばれてこの街へやってきたケプラーも、604年前に処刑されたヤン・フスも、ここでは今なおその気配をありありと漂わせている。…

真っ白な直方体の菓子を食べる夢と足の手術跡を見せる夢、大理石の階段を降りていくビジョン

2019年11月16日 真っ白な直方体の菓子を食べる夢を見た。ティッシュボックスより一回り大きいぐらいの、中にたくさん空気を含んだムースのような菓子だった。あまりに美味しくてスプーンを持つ手が止まらず、カロリーをちょっと気にしながら二つ目もぺろりと食べてしまった。夢の中でわたしは誕生日を迎えたことになっていた。 自分の身体に小さな手術跡があるという夢も見た。確か足の指か甲あたりにその傷跡はあり、誰かからそれについて尋ねられたので「ここだよ」と見せていた。手術といっても怪我や病気を治療するためではなく、何か別の理由で受けたもののようだった。 以前近所に住んでいた知人夫婦が出てくる夢も見た。小さな敷地に建てられた妙に縦に長い不思議な形をした建物を見ながら、彼らが以前そこに住んでいたというような話をしていた。建物の中は工事用の鉄パイプがびっしりと張りめぐらされていて、とても生活ができる空間には見えなかった。 朝に一度目を覚ましたが、大理石でできた階段を降りていくビジョンを追いっているうちにまた眠ってしまっていた。装飾が施された手摺りに光があたり、階段に美しい影を落としていた。いつか…