創造的とは

目の前にあるものを眺めているだけは、あちらからやってくるものを待つだけの受け身な姿勢を脱することはできない。「見る」という意志を有し、自覚的に見出していくことができれば、見るという行為は創造に変わる。 「見る」を「考える」や「生きる」に入れかえても同じだ。「見る」も「考える」も「生きる」も、そこにあるものを都合にあわせて解釈することではない。…

「詩は何よりもまづ音樂でなければならない」

萩原朔太郎が『青猫』の序の中に書いている「詩は何よりもまづ音樂でなければならない」という言葉を思い出す。「文体」という言葉は、文章の姿形という意味で使われるが、体に響く文という風にもとれておもしろい。 わたしは、どんな文章を読む時にも、黙読しながら(時には声に出しながら)音とリズムを感じ取っている。自分が書いた文章も、常に音とリズムを確認する。音とリズムが体にあわない文章は読めないし、内容が入ってこない。インターネットでよく目にする改行過多な文章が読めない理由は、音もリズムもブツ切りにされているからだろう。…

意味にとらわれずに声/音になる

これは、言語習得における音の聞き取りと発声練習の重要性に近いのではないか。思考を挟まずに音を聞き、そのまま発声/発音することを繰り返して体得していく。声に出して読む音は、まず自分の身体に響く。 古神道を学んでいた頃、師に教わった通りに祝詞を声に出して読む練習をしていた。意味を理解するより先に、自分が声/音になり、筒になるのを実感した。そして、それがとても気持ちよかったのを覚えている。…

音楽家の服を借りる夢と、坂道を登る夢、帰ろうという意識

今朝方見た夢の中で、わたしは知らない男性の服を借りて身につけていた。上下とも黒の洋服で、男性はステージの上で楽器を演奏する音楽家だった。その後、わたしは母と共に自転車のようなものを手で押しながら勾配の急な坂道を登っていた。手すりがなければ登れないほどの坂だった。周囲には、他にも複数の女性たちが朗らかに談笑しながら坂を登っていた。坂を登りきったところで、わたしはATMへ現金を引き出しに向かった。誰か(女性)にお金を貸すことになっていた気がする。 どう話が繋がっていたかは忘れてしまったが、どこか知らない場所で目を覚まし(時計を見たら朝7時だった)、ああ、帰らなきゃと思っていたシーンを覚えている。布団の中で横になっていたら、現実のパートナーの、姿ではなく気配のようなものが思い浮かび、そこへ戻ろうと思っていた。…

桃の絵と翁の笑顔

昨日見た夢の中で、わたしは昔の日本または台湾に似た田舎町にいた。まばらに並んだ古い家屋や建物の中に、煤けたコンクリート壁の上部に桃の絵が描かれた商店があった。 軒先では、老夫婦が野菜や食品などを並べていた。確か、猫もいたような気がする。せっせと動き回っていた老男性は「商売が苦手な’先生’(どうやら女性らしい)が販売しやすいように」と店の準備をしていた。 店は老夫婦のもので、’先生’と呼ばれる女性は、金儲けでなく何か別の目的のために、その店で売り子の真似事をしているようだった。’先生’の働きによる売上は無いに等しく、むしろ、彼女がやりやすいよう店支度するので、店には赤字が出るようだったが、老夫婦は他にも収入があるのかまったく気にしていなかった。 外壁に描かれた大きな桃の絵と、腰が曲がった小柄な老男性の屈託のない笑顔が印象に残っている。それは、翁の能面を彷彿させる表情だった。…

意味よりも先に音の響きを

わたしは、自分の意図や計画によってチェコに来たわけではなく、よくわからないけれどおもしろそうな流れに乗って運ばれてきた。しかし、初めて滞在した頃から、チェコ語の響きには不思議と違和感がなかった。意味はまったくわからなかったが、耳触りのいい言語だと感じた。その後、多少の紆余曲折を経たものの、わたしはそのままチェコで暮らすことになった。人々が話す言葉の音が心地よく感じられたのは、わたしにとってこの地が肉体的にも精神的にも快適だったということだろう。 以前、わたしは日本でポルトガル語の講座に通っていた。フェルナンド・ペソアが好きということもあったし、友人を頼って訪ねたポルトガル(アヴェイロ)がいいところだったので、機会があれば移住したいなどとも思っていた。しかし、わたしの身体はポルトガル語になかなか馴染まなかった。 頭(都合)でどれほど期待して、どんなに思いこんでいても、身体(現象)は率直に反応する。チェコ語の文法には苦戦中だし、習得には相当時間がかかりそうだけれど、今でもやっぱりその音やリズムは心地よいので、これでいいのだろう。未だあまり意味はわからないままその音に浸り、声に出して読ん…

歴戦のジャーナリストとの出逢いとビロード革命

一昨日、たまたま訪れたホスポダで、ビロード革命の中心人物であり、後にチェコの初代大統領となったヴァーツラフ・ハヴェルの私設秘書を長年務めたヴラディミール・ハンゼルさんに出逢った。 仕事を終える少し前に、友人から「ビールを飲みに行こうよ、行きたい場所を選んで」という連絡があり、最初に思いついた店へ行くことにした。入店してすぐ、一角に飾られていたハヴェル氏の写真をカメラに収めたいと思ったが、そばで談笑していた二人に遠慮し躊躇していた。しかし、結局は思い立って片言のチェコ語で話しかけた。その二人のうちの一人が、ハンゼルさんだった。 ハンゼルさんは、プログラマーであり、音楽家であり、音楽評論家・ジャーナリストでもあった人だ。また、氏と一緒にいたペトル・マレクさんというジャーナリストにも出逢った。近々改めて会いましょうと言ってもらい、次の機会を楽しみにしている。 昨年11月には、日本から戻る際に立ち寄ったヘルシンキ空港で、ジャーナリストの伊藤千尋さんに出逢った。あの日、わたしはチェックインの直前に座席のアップデートを決めた。有料座席の購入は初めてだったが、かなり疲労が溜まっていたので…

言葉の光度

言葉にすることによって解釈する、理解に落としこむという作業は、整理するには役立つが、解釈からこぼれ落ちたもの、理解からはみ出したものは、無いものとして忘れられてしまう。また、その言葉が自分のものではないことも多く、そうすると、ただ借り物のレッテルを貼っただけになってしまう。 たとえば、花を見て何かを感じたとして、それをすぐ「美しい花だ」と言葉にしてしまえば、その存在も、気配も、出来事も、それによって起きた内外の動きも、すべてがその一言で片付けられ、次の瞬間には消えてしまう。しかし、美しいとはいったいどういうことなのか?そもそも、その言葉は自分のものか? 言葉にせず、ひたすらに見る。花を見るとは、花そのものになることだ。そうしていつか出てくるかもしれない自分の言葉を掘り出し磨いていくしかない。 「僕の求める文学の重要な点は思考の内容ではなく、その思考の光沢とか光度である。文学上の価値は宝石そのものではなく宝石の光度であると思う。」(西脇順三郎『文学青年の世界』)…