教室、コンピューター、祖母の枕元にあったボストンバッグ

月曜日は見事な晴天で気温もぐんと上がったけれど、昨日今日と、曇りと雨が続いて肌寒い。年々旱魃が悪化しているので、雨が降るのはいいことだ。しかし、天気のせいかとにかく眠い。 昨夜は夢の中で学校のような場所にいた。わたしはどうやら途中参加者のようで、売店で必要なものを買い揃えていた。教室に入ると、各机の上に見たことのないコンピューターが設置されていた。スタートボタンを押そうとしたら、教師がやってきて「まずはわたしがセッティングします」と言いながらわたしの手を遮った。 その後に見た夢の中では、わたしは祖父母(彼らは既に他界した)と暮らしていた当時の古い実家にいた。確か、わたしは台所で洗い物や片付けをしていた。襖越しに祖父母が寝ている部屋の様子が見えた。眠っている祖母(顔は見えなかった)の枕元には荷物が詰め込まれたボストンバッグがあり、わたしは「ああ、彼女はここを出ていくんだな」と思っていた。…

水辺の記憶

夢の中で、わたしは湖か大きな池のそばに暮らしていた。初夏の夕暮れ時で、水辺を囲む雑木林からは土と草木の匂いが色濃く漂っていた。わたしは近所に住む外国から来たカップルに「あそこと、あそこに、居心地のいいカフェがある」などと話していた。あたりは仄暗く、静かで、心地よかった。 カラーとモノクロームのあわいのような夢の景色や、匂い、感触を思い返していると、様々な記憶が蘇る。過去にどこかで味わった草むらの感触、木の葉の下で揺れる光と影、水や土や草木の香り。もしくは、誰かの写真や物語を通して見た風景。いくつもの記憶が蘇っては混ざり合う。そうして豊かな混沌となり、やがてふと新たな景色として現れる。それが、夢か現かはどうでもいい。すべてはわたしの中から生まれる物語なのだから。…

アンドレイ・タルコフスキーの世界と夢見 ー 夢が現実を侵食していく

アンドレイ・タルコフスキーの『ストーカー』を観ながら朝を迎えた。ブラインドの隙間から見える雲が光っていたので窓を開けると、たくさんのツバメが飛び回っていた。自分と世界が溶け合っていくのを感じながら、朝の空気を味わっていたら、突然パラパラと音を立てて天気雨が降りはじめた。 タルコフスキーの映像は、わたしが内側で見ている世界によく似ている。それは、毎日のように夢で見ている世界であり、白昼夢の中で感じている世界だ。そして、彼の作品の中の自然の気配は、わたしが暮らしているチェコの自然のそれに似ている。 タルコフスキーの映画についてはよく「途中で眠ってしまった」と書かれている。しかし、わたしは『鏡』も『ストーカー』も最後まで見入ったままだった。一切ないといえるほど説明が省かれた詩的な映像の中に、光も闇もすべてが含まれている。その静寂にじっと目と耳を澄ませていると、わたしと世界を隔てる境界線が消滅していく。 『ストーカー』の中には「ゾーンは人間の精神を反映している」と語られるシーンがあるが、ならば、この世界はまるごとがゾーンだ。わたしを取り囲む世界のすべては、わたしの精神を映し出している。「…

母との旅の約束

今日は母からSkype電話を受けた。彼女は先週から新しい化学療法を受け始め、副作用がかなりきついそうでしばらく寝込んでいたが、今日ようやくPCの前に座れるぐらいになったと言っていた。20kgほど痩せた彼女は、髪もすっかり抜けてしまったけれど、話している間の表情に変わりはなかった。彼女の体調を考慮すると遠出はできそうにないけれど、できれば近いうちに、そして、できればわたしのパートナーも一緒に、実家からそう遠くない場所へ旅行に行こうと約束した。…

写真と画像という別物

プリントされた写真は、当然ながらデジタル画像とはまるで違ったものになる。画面上では良いなと感じられていた写真が、プリントでは一気につまらないものになることは多い。そして、逆もまた然りだ。今日受け取ってきたプリントを眺めながら、そのことを改めて実感している。 「フィルム写真だけでなく、デジタル写真でも、とにかく焼いてみなきゃだめだよ。」と、わたしにライカを譲ってくれた友人の写真家が何度も言っていた理由が今はよくわかる。プリントしてみることでようやく見えるものがあり、時には思わぬ発見もある。そして、写真の技術と「目」を磨く上でも、やはりプリントは必須だ。…

写真を受け取りに中心部へ

リトアニアから声をかけてもらった写真展のために撮影したピンホール写真のプリントが仕上がったので、写真屋まで受け取りに出向いた。地下鉄の乗車率は2~3割といったところだろうか。市内中心部の乗換駅付近では乗客数は一時的に少し増した。もちろん乗客は全員マスクを着用している。観光客がいないからか、車内も駅構内もとても静かだった。 地下鉄車内では座席には座らずに、なるべく人の少ない場所に立っていた。また、帰り道は乗換駅まで歩いた。 来週月曜日に移民局(自宅から一時間ちょっとかかる)へ行く際には、地下鉄+バスに乗る必要がある。郊外へ向かう路線なので普段からあまり混雑はしていないけれど、バスに乗るのはまだ抵抗がある。運行中は常に窓は開いているだろうし、頻繁にドアの開閉があるので、思っているよりは換気がなされているかもしれない…と、思ってみよう。いずれにしてもバスを利用して向かうしかないので、しっかりと防御の準備をして出かけるつもりだ。 マスクを着けて帽子をかぶり、すぐに洗えるウインドブレーカーを着こんで、汗ばむほどの気温と強い陽射しの中を歩いたので、帰る頃にはすっかり喉が渇いてしまった。ラ…

いくつもの知らせが届いた日

昨夜、夢の中で従弟と何か話していたのを覚えている。朝になってPCを開いたら、その従弟からメッセージが届いていた。彼から連絡をもらうのはかなり久しぶりだったので驚いた。 そして、今日母から届いたメールには、予知夢を見た(夢で近い未来を知った)と書いてあった。夢の中で、わたしの次回帰国の時期を聞いたらしい。現実にあり得る内容だったので、実際にそうなるような気がする。 また、チェコの政府当局から突然電話があり、1月に申請した件(非常事態宣言により一時保留されていた)が、予定されていたプロセスをすっ飛ばして認可されたと告げられた。思いもよらぬ展開にさすがにびっくりしている。とはいえ、もちろんとてもいい知らせだ。 今日はそうした思いがけない連絡がいくつもやってくる日だった。…

過去の人たちと遭遇する夢と、夢でだけ時々訪れる街

昨日もまた日が暮れる前に急激に眠くなり、早々に横になってそのまま13時間ほど眠った。延々と見た夢の中で、元夫を含む過去にこの世界で出会った人々と遭遇した。今ではまったく音信不通になっている人たちだったが、夢の中では「ああ、久しぶり」とごく普通に言葉を交わしていた。感情の動きは特にはなかった。 すっかり過去になってしまった人たちが何人も夢に出てきたので、目が覚めた後に「いよいよ死ぬのかな」などと思い、ひとりで笑った。まるで、10年程前までの人生をざっと総まとめされたみたいだった。ある意味では、当時のわたしは既に死んだので、あながち間違いではない。 夢の中でだけ時々訪れる街がある。日本の地方都市の、それも郊外の風景のようでありながら、チェコの田舎にあるような教会の屋根も見える場所だ。昨日もまた、わたしはその街にいた。その辺りは駅から遠くて、バスの本数も少ない。わたしはいつも「さあ、今日はどのルートにしよう」と思いながら歩いている。 夢の中のわたしは急いではいないので、困惑も焦りもなくのんびりと歩く。時おり、地方都市によくある大型店舗の建物と看板が見える。周囲には畑や林が広がっている。…