初めてのサポートを受け取って

noteの無料記事を金銭的にサポートする(そうして”オススメ”する)機能があることを、昨日まで知らなかった。「サポートがありました」というお知らせメールを受け取って初めて気がついた。昨年11月に使い始めてからずっと書いて投稿するだけで、ダッシュボードページがあることにすら気づいていなかった。 2019年に自分のWEBサイトとブログを閉鎖してから、まとまった文章や写真を投稿・保存する方法がなかったので、友人たちが使い始めたのに倣ってnoteを利用しはじめた。そういうわけで、ブログとまったく同じ感覚で、自分自身が納得するように書いて投稿していた。そして、日記がわりに過去の文章を読み返し、気になる時に添削していた。 フォローもフォロワーも両手に満たない数だし、そもそも、わたし自身が納得するために書いたものばかりなので、読む人は殆どいないだろうと思っていた。そして、それで十分に満足していた。 そんなものだから、金銭サポートを受け取った時には本当に驚いた。その記事は、思いがけず機が熟してわたしの中から出てきた、自らの体験に基づく文章だった。実際に目にした情景をありありと思い出しながら、すー…

虐待と暴力の連鎖は構造的問題であると気づくこと。目の前の子ども、自分の中の子どもを守ることが、人生を変え、社会を変える。

「子ども時代に傷つけられた人間がなぜ権力を持てるのか、どうして権力者に選ばれるのか。それは、我々ひとりひとりにも同じ傷があるからだ。」 「小池百合子氏(に代表されるような権力者)に強烈に惹かれる人も、猛烈にむかつく人も、(その原因は)あなたの子ども時代にある。」 安冨歩さんと清水有高さんの話を聞いて思い出したのは、過去にわたしが日本の某省庁所管法人で派遣社員として働いていた頃の体験だ。その職場では、時々指導にやってくる担当省庁のキャリア官僚が、幹部職員を激しく罵る光景が日常茶飯事だった。 怒りで顔を真っ赤にして暴言を吐き続けるキャリア官僚と、じっと黙って項垂れる彼よりはるかに年上と思われる幹部職員の様子を初めて目撃した時、わたしは呆気にとられた。それは、物語の中でしか聞いたことのないような言葉の嵐だった。しかし、何度か重なるうちに、まるで奇妙な寸劇を見ているような気がしてきた。 後から聞いた話では、その人(上記のキャリア官僚)は両親との関係に傷を抱えているらしいとのことだった。怒り狂って大声で怒鳴り散らす彼の姿は、まるで泣き叫ぶ幼児のようだったので、その話には納得した。同時に、…

火事を目撃する夢と、前歯の部品が外れる夢

今日もずっと雨が降ったりやんだりで肌寒い一日。満月・月食だったからか眠くて仕方なく、朝食を食べたらまた眠ってしまった。丸一日眠って、印象的な夢をたくさん見た。 覚えているのは火事の夢だ。わたしは、生前の祖父母と共に暮らしていた立て替え前の古い実家の2階にいた。母の部屋の窓から、近所の家屋が燃えているのが見えた。白い煙が隙間から入りこんできたので、すべての窓をきっちり閉め直した。背後にいる母に注意を促してはいたが、わたしも彼女もそう慌ててはいなかった。 その後には、前歯の一部がぽろっと外れる夢を見た気がする。歯が抜けたのではなく、歯に取り外し可能な金属部品がついていて、それが不意に外れたような感じだった。実際には、わたしの前歯には小さな治療跡はあるけれど、外れてしまうような部分はない。…

虚ろな自分に気づくこと=自分の中にある被害者意識と加害者性を認めることが、連鎖を脱する鍵になる

> アメリカだけでなく日本もそう。建国の土台にある恐怖と、それを自分に欺く構造が、連鎖して新しく生まれてくる人たちに、ずーっと刷り込まれ続けてる。神話を遡っていくと「あれ?すごく変なことが書いてある、何でだろ?」と思う箇所がたくさんある。 https://t.co/QA1EcMmhcK — 木葉功一 (@kibakoichi) June 6, 2020 [https://twitter.com/kibakoichi/status/1269063238232100866?ref_src=twsrc%5Etfw] > 共通してるのは「上に向けての被害者意識・下に向けての加害者性」だ。人間は全員がこの構造の中にいるけれど、同時に一人ひとりの人格の中にもこの構造が入れ子で入っている。で、多くの人はこの片方しか絶対に認めようとしない。された人の中にはする資質が生まれて(使わなくても)埋め込まれてる。 — 木葉功一 (@kibakoichi) June 6, 2020 [https://twitter.com/…

Stillness in Chaos

昨日もまた、夕方に猛烈な眠気に襲われてそのまま眠ってしまった。おもしろい夢を見た感触は残っているのだが、内容は忘れてしまった。このところ、夕方から眠り、深夜に目覚めて、夜が明ける前から仕事や作業をするサイクルになっている。夢を見ている間に半影月食は終わったようだ。 外界との接触が限りなく少ない生活の中では、夢と現実の境目はどんどん薄くなっていく。自分と世界の境界もゆるんで、あらゆる分離が消えていく。感覚そのもの、時そのものの状態でいられるのは心地いい。 外が騒々しくなるほど、内は静かになっていく。しかし、外側に現れる様相が静かな時ほど、内側ではより深い変容が起きている。換羽期の鳥や回復期の動物が、じっと動かず過ごすのに似ている。 静寂と混沌のまま満たされる状態。 個であると同時に全体でもあるという実感と充足。…

Ticho

先週末あたりからまた、多くの言葉が読めなくなり、書くこともあまりない状態が続いている。世界は一層大変な状況になっていて、ある程度現状を追ってはいるけれど、わたしの中から言葉は出てこない。だから、無理に言葉(形)にはしない。仄暗い静寂の中を、形のないまま漂いながら、じっと耳を澄ますことが必要な時もある。…

教室、コンピューター、祖母の枕元にあったボストンバッグ

月曜日は見事な晴天で気温もぐんと上がったけれど、昨日今日と、曇りと雨が続いて肌寒い。年々旱魃が悪化しているので、雨が降るのはいいことだ。しかし、天気のせいかとにかく眠い。 昨夜は夢の中で学校のような場所にいた。わたしはどうやら途中参加者のようで、売店で必要なものを買い揃えていた。教室に入ると、各机の上に見たことのないコンピューターが設置されていた。スタートボタンを押そうとしたら、教師がやってきて「まずはわたしがセッティングします」と言いながらわたしの手を遮った。 その後に見た夢の中では、わたしは祖父母(彼らは既に他界した)と暮らしていた当時の古い実家にいた。確か、わたしは台所で洗い物や片付けをしていた。襖越しに祖父母が寝ている部屋の様子が見えた。眠っている祖母(顔は見えなかった)の枕元には荷物が詰め込まれたボストンバッグがあり、わたしは「ああ、彼女はここを出ていくんだな」と思っていた。…

水辺の記憶

夢の中で、わたしは湖か大きな池のそばに暮らしていた。初夏の夕暮れ時で、水辺を囲む雑木林からは土と草木の匂いが色濃く漂っていた。わたしは近所に住む外国から来たカップルに「あそこと、あそこに、居心地のいいカフェがある」などと話していた。あたりは仄暗く、静かで、心地よかった。 カラーとモノクロームのあわいのような夢の景色や、匂い、感触を思い返していると、様々な記憶が蘇る。過去にどこかで味わった草むらの感触、木の葉の下で揺れる光と影、水や土や草木の香り。もしくは、誰かの写真や物語を通して見た風景。いくつもの記憶が蘇っては混ざり合う。そうして豊かな混沌となり、やがてふと新たな景色として現れる。それが、夢か現かはどうでもいい。すべてはわたしの中から生まれる物語なのだから。…