2020-08-11 母を看取った後の日本滞在日記

わたしがなんとなく近くに感じる人たちは、実際に顔を合わせるかどうかといった物理的な接触の有無や距離にはとらわれない人たちだと改めて気づいた。中には、一度も会ったことがない人もいる。それでも、通じている、響きあっている、と感じている。さらい言えば、相手が自分のことを知らなくたっていいし、相手が既に死んでいたっていいのだ。互いが肉体・個体として地上世界で出会うことはなくても、エーテル的に響きあっていれば、十分に通じあえるし、受け取ったり受け渡したりすることもできる。…

2020-08-09 母を看取った後の日記

母の死を機に、わたしがなぜ10代の頃からずっと”家”から逃げ続けてきたのかが改めてわかった。わたしは「自分」を作りたかったのだ。 思春期の頃から「ここ(家や家系、その周辺の社会)にいたら自分は死んでしまう」と感じていた。ずっと、家族を含むあらゆる関係から脱したかった。あれはおそらく「ここに留まっていては『自分』を作ることはできない」と感じていたのだろう。…

2020‐08‐07 母を看取った後の日記

母が飼っていた柴犬”さくら”は、同じ建物内で暮らしている伯父家族が世話をすることになった。一時はわたしがチェコへ連れて行くことで話が纏まり、手順を調べたり、犬を飼える家を探したりもしていたが、母のパートナーや伯父家族の意向と、さくらの年齢と様子から、多分この場所に残る方がいいだろうと判断した。 母の生前、さくらは夕方の散歩を終えた後は、2階にある母と母のパートナーが暮らす家の中で夜を過ごしていたが、今後は昼も夜も1階のガレージ内にある犬小屋で過ごすことになった。初めて彼女を屋外で過ごさせた夜はかなり心配したが、どうやら彼女は状況を察して、変化を受け入れているように見える。 以前は一時帰国するたびに、毎日散歩に連れて行き、シャンプーをしたり、犬小屋や身の回りのものをきれいにしたりと、あれこれ世話をしてきたが、伯父家族に世話をしてもらうことが決まってからは、さくら自身の混乱を避けるためにも、わたしは彼女にあまり手をかけないようにしている。 それでも彼女は、わたしを見かけると静かに近づいてきて、わたしの足元に座り込み、ぴたりと身体を寄せてくる。わたしも彼女の傍にしゃがみこんで、何も言わ…

2020‐08‐06 母を看取った後の日記

ピンホール写真を撮りたい。特別な場所へ行く必要はない。ただ一人で静かになれる時間が必要なだけだ。来週になれば少しは余裕ができるだろうか。今日日中にふとやってきた隙間のような静寂の時、偶々車を停めた場所で見た石垣の上で揺れる光と影は美しかった。…

2020‐08‐06 母を看取った後の日記

人は死んで肉体を離れた後、生きていた時よりもずっと色濃くその気配を漂わせる。日中ふと齎された静かな時間に撮った写真の中に母の気配を感じた。彼女のエッセンスは今や世界のあらゆるものに含まれている。 祖父母が亡くなった後も同じように感じたのを思い出した。自分と彼らとが肉体をして個別に分かたれていた時よりも、彼らの肉体が消滅した後の方が、彼らのエッセンスをよりはっきりと感じる。彼らは、わたしの中に存在しているし(思い出の中にという意味ではない)、この世界のあらゆるところに遍在している。 子どもの頃からこの感覚は変わらない。 だからわたしは、身近な人が死んだ後も喪失感や悲しみを感じないのだろう。…

2020‐08‐06 母を看取った後の日記

銀行関連の手続きを終えて、病院で手術前の診察を受けている母のパートナーを待つ間、城の近くの駐車場に車を停めて少し休憩した。アオスジアゲハの番がひらひら飛び回る様子を観察し、近づいてきた鳩やトンボに話しかけ、石垣の上で揺れる影絵を眺めていた。ほんの30分ほどだったが、心身が緩んで安らいだ。…

2020-08-05 母を看取った後の日記

久しぶりに日本に滞在し、親の死とそれに纏わる出来事を体験する中で改めて感じるのは、この社会には、自立する個という概念がないということだ。「男/女である前に、親/子である前に、属性/立場/役割/肩書である前に、まず一個の人間としてわたしである」という感覚を持たないらしい人が本当に多い。 共感や連帯感への欲求がこれほどまでに強いのも、自己不在であるが故に、他者との間に明確な境界を持たないからではないか。多くの人が、自らの人生の当事者にはならないまま、誰かや何かとの関係だけに留まり、刷り込まれた思いに乗っ取られて、機械的な反応でしかない気分に動かされている。 人の”善意”にNOを言わないために、自分を含む誰かの”思い”を否定しないために、無自覚に自分(の肉体と感覚)を殺す習慣を繰り返してきた人は、自分の周囲にいる存在、特に自分より立場の弱い存在にも同じことを無自覚に強要する。この社会では、そうした自他への虐待の連鎖があらゆる関係の中で繰り返されている。…

2020‐08‐05 母を看取った後の日記

母が亡くなった日から9日間が過ぎた。しかし、既にもっと長い時間を過ごした気がする。彼女を見送ったのはもう随分前のことのようだ。 とにかく毎日次から次へとやることが出てくる。銀行や保険の手続きだけでなく、電気、ガス、水道、電話、携帯電話、インターネット等々、あらゆる手続きに手間と労力がかかる。そして、その合間には当然ながら食事の準備や片付けもあるし、買い物にも行かねばならない。自分自身の快適さのためには掃除や洗濯もしたい。 今日は、朝から隣の市にある年金事務所へ母の年金手続きに出向いた(実家がある市の年金事務所は9月まで予約が取れなかったのだ)。その後、市役所で金融関連の手続きに必要な書類を取得し、帰宅した後は銀行、インターネットサービス会社、ガス会社と電話でやり取りをし、母が所有していた駐車場代の集金に出向いた。それだけで、気づけば日が暮れかけていた。 母と彼女のパートナーが内縁関係であるが故に、殆どの契約において、彼では名義変更も支払口座の変更もできず、毎回面倒な手順が必要となる。 母自身の希望は斎場での直葬だったが、彼女のパートナーと伯父家族との兼ね合いもあり、彼らを含む5…