後頭神経痛と地震

ここ数日、右後頭部のひどい神経痛につきあっている。頭の神経痛には鎮痛剤があまり効かない。昨日はPCを開かずに過ごし、スマホもなるべく見ないようにして、とにかくよく眠った。寝ても寝ても眠かった。そうして実にたくさんの夢を見た。痛みはまだ残っているけれど、徐々に消えていくだろう。 頭に神経痛が生じるたびに、2011年東日本大震災の前後にも後頭神経痛に苛まれたことを思い出す。あの当時に体感していたものと似た何かが、今もまた起きているように感じる。 友人との対話の中で「日本の土地にある成分で組み上がった肉体だから(物理的に離れていても)反応しているのでは」と言われ、そういうこともあるだろうと思った。…

銀髪、眉なし、白い肌のわたし

夢の中で、わたしの髪はかなり短いプラチナブロンドになっていた。鏡に映った自分の顔には眉毛がなく、肌は奇妙なほど真っ白で、現実の姿とはまったく異なっていた。その姿はまるで70年代前半のDavid Bowieのようだった。わたしはキラキラ光る衣装を纏い、鏡に向かって化粧をしていた。どうやら人が集まる場へ行くらしく、おそらく周囲を驚かさないようにするために眉を描いていた。 数日前に、くりぬかれた岩の中で龍を呼び出し、巨大な白蛇が現れた夢 [https://www.hvezda369.cz/2021-02-14/] を見てから、自分の中の人外成分が増しているように感じている。石に刻まれていた無数の半人半魚の骨は、数多の記憶、脱皮したあとの抜け殻だったのかもしれない。…

竜座のトゥバン

昨日も一昨日もその前の日も外の気配が妙に濃密だった。 わたしは現在の家の寝室の窓が好きで、カーテンもブラインドもつけていない。ベッドに寝ころんだまま空を流れる雲を眺めるのは楽しいし、夜には星がよく見える。一昨日の深夜、この窓の外を何かがふっと過っていくのが見えた気がした。それも二回。煙突の煙だったかもしれないし、他の何かだったのかもしれない。 ここ数日ほどトゥバンのことをよく思っている。ドゥーベ、フェクダの名をふと思い出すことも続いた。寝室の窓は北に向いていて、竜座も北斗七星もよく見える。 わたしには、夜空に星が出ているとまず北極星を見つけ出す癖がある。子どもの頃に覚えた「北極星の見つけ方」がすっかり身についている。そうして、北極星を元にして他の星や星座を確認していくのだ。 現在の北極星はポラリスだが、紀元前3000年頃はトゥバンが北極星だった。ギザの大ピラミッドにある王の間と女王の間にはシャフトと呼ばれる孔が設けられていて、王の間から北へ伸びるシャフトはトゥバンに向かっている。…

神と神の対面、白蛇の姿をした龍神、石に刻まれた半人半魚

夢の中で、わたしは東アジアのどこかにある国の聖地を訪れていた。そこは巨大な岩の中にある空間で、奥には小さいながらも豪華な祭壇が設けられていた。そして、色鮮やかな衣装を身に着けたシャーマンがいて、特別に許可された祭儀を担う人々が集まっていた。 わたしは、その地の神に願い事をしに来た人々を案内する通訳的な役割を担っているようだった。橋本聖子氏がメンバーの中にいた気がする。事前に交渉は成立していたが、相手側は直前になって、何かが足りないので神を呼び出すことはできないと言い始めた。その裏には政治的な駆け引きがあるようだった。 わたしは「話が違うではないか」と怒り、それならば、わたし個人のために神を呼び出すようにと要求した。そうして儀式がはじまった。 相手側の神は半人半魚の姿をしていた。わたしはわたしで、自分の神を呼び出した。わたしの神は龍であり、現れたのは空を覆うほど巨大な白い蛇だった。神と神とが対面し、洞窟の中は強烈なエネルギーが渦巻いていた。身体に感じた圧力をはっきりと覚えている。外には嵐がやってきて、激しい雨風が吹き荒れていた。 その後、わたしはさらに別の聖地にも案内された。そこ…

「わたし」は属性でも立場でもない

先日、生理について話していた時に、自分が「女の体を持つわたしは~」と言っていることに後から気づいた。わたしは女の体を持って生きているけれど、だからといって、わたし即ち女ということではないし、わたしとは肉体でもない。わたしはわたしであり、それはあらゆる属性や立場よりも上位にある。…

差別感情は無自覚に内在化された概念との自己同一化によって生じる機械的反応

この木葉さんの一連のツイートはまさにその通りだ。繰り返される怒りなどの感情は、無自覚な概念との同一化によって起きる機械的な反応だろう。概念としての過去の体験・記憶は都合によって編集されている。必要なのは、概念化される前の自分を認めることであり、それはつまり自分の影に気づくことだ。 多くの人が社会構造を内在化させていることに気づかないまま、「男/女」「親/子」「政府/国民」といった二極化された概念と自分を同一化している。そうして、無自覚に自分をどちらか一方に振り分けては、他方を影にしてしまっている。そうして、影になった”自分”を他者に投影して闘っている。 無自覚な概念との同一化によってもたらされる劣等感や優越感も、実は、自分の肉体と存在が自らの意識で満ちていないことによって生じる欠乏感から来るものではないか。欠けていると感じるから、それを埋める何かを求める。しかし、元はといえば自分が自分を切り分けて一部を影にして殺しているだけだ。 > 頭の中でひとつの概念(男と女、親と子供、教師と生徒、上司と部下、経営者と雇用者、政府と国民、外国人と日本人、あいつと自分)を文字でイメージしてシュッ…