仕事や用事でプラハへ出向くたびに、思いがけない新たな出逢いが用意されている。昨日は用事先で、パリ在住の映像作家の女性を紹介され、彼女が企画しているアートプロジェクトへのお誘いを受けた。先月は、乗り込んだ電車に不具合が生じて駅で一時間近く停車したままになり、偶々隣のテーブル席に座っていた方と知り合った。
思えば旅先でも、偶然の巡り合わせが多くの思わぬ出逢いをもたらしてくれる。行く先々で、出逢ったばかりの人から打ち明け話を聞くことも多い。Vítからはいつも、「あなたは出かけるたびに面白い人に出逢うよね」と言われている。普段はほぼ引きこもりの私が、それでもこうして人との出逢いに恵まれるのは、何かしら持って生まれた運なのかもしれない。
昨年ポルトガルを再訪した時にも、2つの異なる街で「重病の母親のケアをしている女性」に立て続けに出逢い、話を聞いたことを思い出した。私自身も母を看取った経験があるので、彼女たちの思いや涙も、わかる気がした。そのうちの一人とは、今でも時々メッセージを交わしている。
こんな風に外へ出かけるたびに思いがけない出逢いがあるのは、おそらく私が基本的にはいつも一人でいるからなのだろう。そして、出先や旅先でそうした思わぬ巡り合わせが起きるたびに、自分で動いているようでいて、同時に、何かに運ばれて「その時その場にいた」のだなと腑に落ちる。