Arkhip Kuindzhiについて

Arkhip Kuindzhiについて

Arkhip Kuindzhiについて改めて調べていたら、こんな記事を見つけた。彼が画家としての成功を収めた後、1882年から約20年間作品展示は行わず、公的な場からは退いて、一時は隠遁に近い生活を送っていたことは知っていたが、その間に彼がクリミアに購入した土地で質素な生活を営んでいたとは知らなかった。記録によると、彼はよく、周辺の人々が運んでくる怪我を負った鳥の世話をしていたらしい。また、彼はその間も多くの寄付を行い、貧しい画家生たちを助け、学生たちを自宅に招いていたそうだ。

彼の作品にはクリミアの風景を描いたものいくつもあるが、あれらは彼が実際に暮らしていた辺りの風景だったと知って、作品への親密度が増した。

彼はマリウポリでギリシャ系の貧しい家庭に生まれ、6歳で両親を亡くした後は長らく苦労を重ねたようだが、そうした自身の経験から、困窮している学生や友人画家には惜しみなく金銭的援助を行い、感謝した教え子たちが彼の肖像画をアカデミーに飾るよう求めたというエピソードも初めて知った。