Atlantisの船に乗って

わたしたちが3年半前から住んでいるフラットがある建物には「Atlantis」という名が付いている。そのことに気づいたのは、ここへ引越してしばらく経ってからだった。

建物には、船や海、波を思わせるデザインがあちこちに施されている。わたしたちが住んでいるフラットも、いちばん広い部屋の壁がゆるくカーブを描いていて、東に向かう船の左舷と船首を彷彿とさせる。以前この場所には市場(ショッピングモールかな?)があったそうだが、それが焼失してしまった後、現在の「Atlantis」が新たに建てられたらしい。

わたしの母が他界した後、さくらをチェコへ連れてくると決めた直後に、Vがオンラインでこのフラットの情報を見つけた。わたしも彼も室内写真に強く惹かれ、すぐ彼に内見に出向いてもらった。当時、わたしは日本で死後事務と遺品整理、さくらの移住の準備を進めていた。そうしてわたしは、それまで一度も訪れたことのなかったこの街への引越しを決めた。わたしたちはそれよりも以前からいくつかの街で物件を探していたが、納得のいくフラットや家は見つからなかった。だからわたしは、さくらがこのフラットを引き寄せてくれたのだと思っている。

4月半ば、この「Atlantis」を去らなければならないかもしれない状況が突然やってきた。 さくらに導かれてこの街に引越してきたように、また次の場所へ移動する時が来たのだろうかとも思った。しかし、綿密に調べて検討し、専門家にも相談して、随分迷った末に、わたしたちは今後もここに住み続けることに決めた。

そんな中、ふと、海の底に沈んだとされるアトランティスは、大陸ではなく、ある種の船だったと考えるとおもしろいのではないかと思いついた。 アトランティスもアトランティス人も消滅したのではなく、“船”に乗って別の次元へ移動したのかもしれない。

わたしたちもまたこの「Atlantis」に乗って、次のステージへと向かうようだ。

6/3 追記

この「Atlantis」をつくった建築設計事務所の名称が「Maat」だと知り、さすがに驚いた。Maatとは、「宇宙の秩序」という意味を中⼼に「正義」「公正」「真実」といった複数の意味を併せ持つ古代エジプトの抽象概念であり、頭にダチョウの羽根を挿した女性の姿として描かれる。

2年前にわたしが水晶玉の中に何度も見て、絵にも描いた、エジプト第5王朝時代の書記Mitriは、Maatの神官でもあった。