終わりのないことを目的に

自己の内的な開発や拡大のための手段であるはずの行為も、練習を重ねて技術を磨いたり、新たな道具や方法を取り入れたり、他者から学んだりしているうちに、内と外が入れ替わってしまい、手段を目的だと思いこんで、本来の意図を見失いそうになることがある。しかし、それでも続けているうちに、やがてまた目的を思い出させる、あるいは刷新させる機会が何度でも与えられる。

そんなふうに、内と外、あちらとこちらを行き来しながら、見える世界においても見えない世界においても自己の領域を広げ、自己を超えていく。そもそもそれこそが目的だと言えるかもしれない。

死ぬまで終わらない(本当は死んでも終わらないが)ことを目的にすると、一生退屈することがない。