鳩の幼鳥を救えなかった自らのやるせなさ

移民局がある駅を降りてすぐ、小さなふわふわとした灰色の塊がバスターミナルの歩道をよたよたと動いてはうずくまる様子が目に入った。それは鳩の幼鳥だった。まだ飛べないようだったので、もしかすると巣から落ちてしまったのかもしれない。よく見ると足の爪が既に傷んでいて、痛々しい姿だった。

どうしたものかと悩んだが、親鳥が助けにくるかもしれないと期待して一旦その場を離れた。しかし、移民局での用事を終えて駅に戻ると、幼鳥は同じ場所に佇んでいた。石畳の上を歩くのも困難なようで、よろよろと動いては躓き、うずくまる。人通りを怖れてか車道へと近づいていく幼鳥を、放ってはおけなかった。

わたしはVに頼んで、その地域を管轄する野生動物保護センターに電話をかけてもらった。電話では「その幼鳥を連れて帰ることはできるか」と尋ねられたようだが、Vが無理だと答えたところ、幼鳥を歩道の上ではなくどこか隠れたところに移動させるようにと指示された。彼らはなるべく早くその場へ向かうとのことだった。

Vが幼鳥を両手で掬い上げ、曲がり角に建つ少し死角になったビルの階段の屋根の上に載せた。わたしはペットボトルの蓋で水を与えてみたが、幼鳥はただただおとなしく目をしばたかせるだけだった。ふわふわとした柔らかい幼羽を指の背でそっと撫でると、幼鳥はようやく足をまげて座り、目を瞑った。

わたしは、幼鳥がまた歩道へ落ちてしまわないかが気がかりだった。また、周辺には既に酔っぱらった人々がうろうろしており、そのビルの角は立小便のスポットになっているようだったので、万が一誰かが幼鳥を攻撃しないかどうかも気になった。しかし、電車の時間が迫っていて、わたしたちは急いでいた。

わたしたちが急いでいたのは、留守番に慣れていないさくらのことが気になっていたからだった。心残りではあったが、幼鳥に「どうか無事でいてね」と告げて、その場を離れた。野生動物保護センターのスタッフから連絡が入ったのはそれから約2時間後、わたしたちが自宅に到着した後だった。彼らが発見した時、幼鳥は既に亡くなっていたと聞かされた。

わたしは胸と背中に大きな穴が開いたような気がした。悲しいとも落胆とも言えぬ言葉にしがたい感情が溢れだし、呼吸をすることすら辛かった。そうしてわたしは二日間寝込んだ。

あの時なぜわたしは、せめて近くのカフェか商店に助けを求めなかったのか、たとえば段ボール箱でも分けてもらえれば、幼鳥を中へ入れておくことができたのにと悔やんだ。さくらのことが気がかりなら、わたしかVどちらかが先に帰宅し、もう片方はあの場所に留まることもできたのにと後悔もした。

こうして書きながら、まだまったく立ち直れていない、経過できていない自分を実感する。泣くことも言葉にすることもできない感情がしんしんとそこにある。背と胸にぼっかりと穴が開き、そこから息も力もすべて漏れてしまっているようなどうしようもないやるせなさを味わっている。