香りは形のない記号

香りは形のない記号

先日初めてチェコのメーカーが販売する精油を購入してみたが、いずれも思っていた以上に香りの質が高くて驚いている。オークモス、オリスルート、ラブダナム、トンカビーンズ、フランキンセンスなど、特に好きな香りの瓶をいくつかデスクの上に置いておき、時々蓋を開けてはその芳香を嗅いでいる。

ここ数日はぼんやりと香りのレシピを頭の中で組み立てていた。まずはVのオフィス用の香り。シダーウッドアトラスとサイプレスに、パチュリ、ラベンダー、ベルガモット、マンダリンをあわせてみるつもりだ。鎮静と高揚、リラックスと集中のバランス。森の中のような静けさと、甘さと苦さを併せ持つ柑橘類の軽やかな動き。

また、久しぶりに半覚醒状態で見たビジョンを香りにしてみようと思っている。異界へと続く深い森と、その奥からかすかに射しこむ淡い光。青みがかった深緑に包まれた黒い土の上を、灰みを帯びた紫色の空気が漂い、柔らかな乳白色の光がすべての色を溶かしていく。

アトランティスの香りも描いてみようと思う。そして、アンドロメダとミラクの香りも。アトランティスの香りにはレモンが必要な気がしている。青を感じるほど鮮やかなレモンイエローがどこかに含まれている。その名を口にしてみて浮かぶ香りからは、アトランティス大陸は”沈んだ”とは感じられず、むしろ高いところへ上昇していった印象を受ける。

香りは形のない記号である。それそのものを再現するのではなく、印象を記号に置き換えて目には見えない形を構築するアート。

現れる色、その彩度や明度を香りの要素に置き換えて、頭の中で組み立てていくプロセスが実は最も愉しい。実際に香料を組み合わせてバランスを整えていく作業も確かにおもしろいが、完成した香りを実際に自分で纏ったり使ったりすることはない。これまでに作った香りはすべてそうだった。それは、実験よりも理論の方が遥かにおもしろいことと似ている。印象を材料にして思考の中で創造し、フィクションという形にする一連のプロセスそのものが愉しいのだ。

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