実践者たち
イエスのことを調べているが、イエスは宗教者というよりも、なによりも実践者で、何の実践かというと、病気治療で、何の病気治療かというと、おそらくその当時無茶苦茶増えていた精神病患者、依存症患者の治療だったのではないか、しかも無償の、えっ、それっていのっちの電話じゃんと思った。がんばろ
— 坂口恭平 (@zhtsss) December 22, 2021
宗教にはなんの興味もないが実践するイエスには興味がある。実践でしか革命はできないと思ってるし現代においても実践でもってまったく別の新しい世界を同一平面上にそこからねじれを生み出して作り出すことは可能だとまだ僕は確信しているようなので実践を突き進めたい。マメな性格なのでいけるかと笑
— 坂口恭平 (@zhtsss) December 22, 2021
わたしも、イエスは実践者だったと思っている。仏陀も実践者だ。だから、後に誰かによって語られた物語としてのイエスや仏陀を言葉でどれだけ理解しても、それはどこか嘘になり虚しい。彼らが生きたようにまさに生きることが重要なのだ。
言葉と行動を一致させて生きると、単独で生きるアウトサイダーになるしかなくなる。自分を生きるとはそういうことなので、それを実際にやるとキリストとか仏陀みたいになる。