差別感情は無自覚に内在化された概念との自己同一化によって生じる機械的反応
この木葉さんの一連のツイートはまさにその通りだ。繰り返される怒りなどの感情は、無自覚な概念との同一化によって起きる機械的な反応だろう。概念としての過去の体験・記憶は都合によって編集されている。必要なのは、概念化される前の自分を認めることであり、それはつまり自分の影に気づくことだ。
多くの人が社会構造を内在化させていることに気づかないまま、「男/女」「親/子」「政府/国民」といった二極化された概念と自分を同一化している。そうして、無自覚に自分をどちらか一方に振り分けては、他方を影にしてしまっている。そうして、影になった”自分”を他者に投影して闘っている。
無自覚な概念との同一化によってもたらされる劣等感や優越感も、実は、自分の肉体と存在が自らの意識で満ちていないことによって生じる欠乏感から来るものではないか。欠けていると感じるから、それを埋める何かを求める。しかし、元はといえば自分が自分を切り分けて一部を影にして殺しているだけだ。