Arkhip Kuindzhiについて

Arkhip Kuindzhiについて改めて調べていたら、こんな記事を見つけた。彼が画家としての成功を収めた後、1882年から約20年間作品展示は行わず、公的な場からは退いて、一時は隠遁に近い生活を送っていたことは知っていたが、その間に彼がクリミアに購入した土地で質素な生活を営んでいたとは知らなかった。記録によると、彼はよく、周辺の人々が運んでくる怪我を負った鳥の世話をしていたらしい。また、彼はその間も多くの寄付を行い、貧しい画家生たちを助け、学生たちを自宅に招いていたそうだ。 彼の作品にはクリミアの風景を描いたものいくつもあるが、あれらは彼が実際に暮らしていた辺りの風景だったと知って、作品への親密度が増した。 彼はマリウポリでギリシャ系の貧しい家庭に生まれ、6歳で両親を亡くした後は長らく苦労を重ねたようだが、そうした自身の経験から、困窮している学生や友人画家には惜しみなく金銭的援助を行い、感謝した教え子たちが彼の肖像画をアカデミーに飾るよう求めたというエピソードも初めて知った。…

Clouds That Caught My Eye around 4:15 pm 04/03/2026

Clouds That Caught My Eye around 4:15 pm 04/03/2026 About an hour pastel sketch through the window Pastel on Pastelmat 18x24 cm I had intended to continue working on a painting in progress, but I became utterly captivated by the clouds drifting by outside the window. 制作途中の絵を描き進めるつもりだったが、…

描かされ、描いて、描かせてもらう

これまでは、写真や目の前の眺めをなるべくそのままに描くことに没頭してきたが、そろそろ「何を最も描きたいのか」「どこに焦点を置き、どこを省略するのか」「どのような構図にするのか」というようなことを考える必要がある。描かされている状態から、描く状態への移行と言えるのかもしれない。 そして、これからも繰り返しこの移行を重ねていくのだろう。一つ段階を昇っては、また描かされる状態へと移行し、また更に一つ上の段階で描く状態へと移行していく。いずれにしても「見る」目を鍛え、磨き続けていくのが重要なことに変わりはない。…

自己を通って普遍へ至る

「自分のため」の行為が、自分のみで閉じてしまうか、それとも、自己を通って他者へ、そして普遍へと通じていくかは、自己想起の有無にかかっているのだろう。はじめは自己の慰めでしかなかった創作も、そこに自己想起が伴えば、やがては普遍へとつながる道になり得る。 最近味わった違和感について考えているうちに、そう思い至った。自己想起なきまま、つまりは小さな自己に閉じたまま作られた創作物は、どこか真似事に終わり、虚しい。自己想起なきまま、流木のように物質世界の時間に流されているだけの人の言葉も、上面だけで空虚だ。そして、そうした虚しい行為に費やす時間は私にはもう残っていないし、そうした虚しい人や事に関わっている暇もない。…

The Northern Sky around 5:45 pm 28/02/2026

The Northern Sky around 5:45 pm 28/02/2026 Pastel on Pastelmat 18x24 cm 15分ほどで急いで描きとめたスケッチの細部を少し整え、実際に飛び回っていた鳩の群れも描き加えた。…