気の置けない友人とともに

昨夜はプラハで久しぶりに友人と会い、夕飯をともにした。彼女は私たちの結婚式の証人になってくれた人で、顔を合わせたのは2024年11月の式以来だった。 写真家である彼女との出会いは2016年、東京・御茶ノ水のギャラリーまで遡る。その後2年ほど経った頃にプラハで再会した。それ以来、頻繁に顔を合わせるわけではないけれど、彼女は私にとって「いつもどこかしらで繋がっていて、どんなに久しぶりでも時間の隔たりなく話せる」数少ない友人のひとりだ。 現在はお互いにプラハを離れて、それぞれチェコの異なる地方で暮らしている。しかし、どんなに環境が変わっても、彼女はきっと変わりなく彼女自身を十全に生きている。私もまた同じだ。だから、久しぶりに会ってもいつも通り、屈託なく笑い合えるのだろう。 あっという間の数時間だったが、昨夜もただただ愉快だった。 10年という月日が瞬く間に過ぎたことには驚くが、次の10年もあっという間だろう。そして、私たちは変わらずに、またこうして笑いあっているに違いない。…

美容院で

チェコに来てからかれこれ10年近くずっと通っている美容師さんが、私が描いた絵の新しいポストカードもサロンに飾ってくださった。 よく通われるお客さんの中には、「あ、絵が入れ変わりましたね」と気づいてくださる方もいらっしゃるそうだ。いろんな方の目に留めてもらえて嬉しい。…

Axel Fahlcrantz - ヨーテボリ美術館からのメール

先週訪れたヨーテボリ美術館は、19世紀末〜20世紀初頭にかけての北欧美術のコレクションでは世界一の規模を誇り、まさにその時代の北欧の風景画が大好きな私にとっては、夢のような空間だった。 しかし、私が特に敬愛する画家、Axel Fahlcrantz(アクセル・ファールクランツ)の作品は、残念ながら展示されていなかった。受付でスタッフに尋ねたところ、彼自身も「所蔵されている3点を長らく見ていない」と話してくれた。そして、「美術館に直接メールを送ってみて。そうしたらキュレーターが展示を考えるかもしれないから。」との提案を受けた。 そこで昨夜、感謝を込めて美術館へメールを送った。最大の目的だったFahlcrantzの作品は見られなかったけれど、展示内容がどれほど素晴らしかったか、そして、スタッフの皆さんが本当に親切だったことへの感謝を綴った。すると、今日早速、まずはあの時提案をくれたスタッフから、続いて、キュレーターからも直々に温かい返信を受け取った。 キュレーターからのメールには、以下のように書かれていた。 「あなたの意見にはまったく同感です。彼の作品は非常に興味深く、実は前回の常設…

6人の女性たちと自らの過去を語り合った夜

昨日は、ある映像作家の実験的アートプロジェクトの一環として、チェコで暮らす「母国を離れた6人の女性たち」と集まった。各々の人生と、ここに辿り着いた物語を語り合うというセッション。私以外はみな欧州(西欧・東欧)出身で、私は最年長だった。自分の過去についてはこれまで何度も書いてきたけれど、複数人の前で、しかも英語で語るのは初めての経験だった。 テーマは「いかにしてこの国へ来たか」だったが、それを語るにはみな、幼少期や家族についても触れる必要があった。私の人生は紆余曲折の連続で、とてもすべては語れないので、端的に「私は虐待サバイバーでした」と切り出した。そして、幼少期から若年期にかけての生き難さと、30代で虐待サバイバーだと気づいてからの長い自己回復の道程を語った。 やがて、自分の生活と人生のすべてが自己欺瞞だと気づき、何もかもを捨てて、野垂れ死にを覚悟した。そこからの急展開、思いもよらない流れに運ばれてチェコに漂着した数奇な運命には、周囲から驚きの声が上がった。そこから本格的に自己の再構築が始まり、「自分自身へ還る」プロセスが始まった。自己を回復し、ようやく母との間に独立した個人同士の…

新たな出逢いが続く日々

ヨーテボリで過ごした6日間は、思いもよらぬ出逢いの連続だった。 まずはプラハ空港での出逢いから旅は始まった。搭乗口のベンチでたまたま隣り合わせたのが岡山から来られたご夫婦で、ヘルシンキ空港で乗継までご案内しながらお話しをし、連絡先を交換した。お二人からは日本到着後すぐに心温まるメールをいただき、ぜひ岡山へも立ち寄ってくださいと言ってもらった。 ヨーテボリで滞在したホテルのレセプションスタッフの一人に、ヨーテボリ群島について幾つか質問をしたところ、彼女はまさにRörö島に住んでいたそうで、そこから話が広がった。彼女も絵を描いていて、ぜひ私の絵を見たいと言われ、すぐにInstagramで繋がった。彼女が選んだ私の絵のポストカードは、朝焼けのフィンランドの湖と、久米島のアーラ浜の夕陽だった。 滞在二日目の夜、ホテルのレストランスタッフの一人から、何処から来たのかと尋ねられ、そこから様々に話が広がった。タイから来たという彼女が作ったサラダは、アジア風の味付けで親しみやすかった。連絡先を交換することになり、私が描いた絵のポストカードを渡すことにした。彼女が選んだのは、私が暮らす町の冬景色だ…

ヨーテボリ美術館へ

ヨーテボリ美術館は、19世紀末~20世紀初頭にかけての北欧美術のコレクションでは世界一の規模を誇るらしい。まさにその時代の北欧の画家たちの風景画が大好きな私にとっては、夢のような空間だった。 残念ながら、一番の目的だったAxel Fahlcrantzの作品は現在展示はされていなかったが、Karl Nordström、Per Ekström、Bruno Liljefors、Eugène Jansson、Nils Kreuger、Gottfrid Kallstenius、Charlotte Wahlströmなどなど、他にも大好きなスウェーデンを代表する画家たちの作品を間近に見ることができた。 一通り見終わった後、受付のスタッフにAxel Fahlcrantzの作品について尋ねたところ、3点ある所蔵品を彼も長らく見ていないとのことで、「美術館宛にメールを送ってもらえるかな?そうしたらキュレーターが展示を考えるかも!」という提案を受けた。「では、『せっかくはるばるやって来たのに彼の作品が観られなくて残念だった』とメールに書きますね。これでまたここを再訪する理由ができた!」と笑って答えた。…

Galterö島からの帰り道

実は、無人島のGalterö島から石橋を渡って、船着場のあるBrännö島へ戻ってすぐ、細い岩場のルートへ迷い込んでしまった。そこは両手を使って岩を上り下りするような少々険しいルートで、途中何度も蜘蛛の巣が顔に引っかかり、直近に人が歩いた形跡がなかった。結局途中で引き返し、やっと元来た道に戻った。 Googleマップは役に立たず、感覚のみで歩いていた。海岸沿いを南下しているのはわかったので、歩き続ければやがてBrännö島のもうひとつの船着場に辿り着ける気はしていたが、既に10km以上は歩いた後だったので、険しい岩道を行くのは難しいと思ったのだった。 昨年夏にUtsjokiで、白夜の中を一人ツンドラの山を登っていた時に、ふと風が変化したのを感じ、風の音や木々の揺れ方が「これ以上は進むな」と言っているように感じて引き返したことを思い出した。Brännö島のあの岩道は、次に訪れる時に歩いてみればいい。…

Galterö島へ

ヨーテボリ滞在5日目は、南群島のひとつであるGalterö島を訪れた。ヨーテボリ市街地からトラムとフェリーを乗り継いで約一時間ほどで、まずは船着場のあるBrännö島へ。そして、一般車両の乗り入れは禁止されているBrännö島の中を徒歩で移動し、小さな石橋を渡ってGalterö島に辿り着く。Galterö島は、島全体が自然保護区に指定されている無人島だ。 0:00 /0:21 1× 数日前に訪れたRörö島と同様、Galterö島にも、氷河に削られた巨大な岩が連なっている。なめらかな岩の大地の合間には、緑豊かな平原や湿原が広がる。そして、ところどころに現れるラグーンには、カオジロガンをはじめとするさまざまな野鳥が数多く生息している。 遮るもののない空の下、吹き抜ける風の音と、鳥たちの声だけが響き渡る。 0:00 /0:15 1× 0:00 /0:13 1×…