時が逆行する

突如ある言葉が頭に浮かび、いつまでも心に残ることがある。その時はその意味がわからなくても、数年、あるいは数十年後に、それが何を暗示していたかにふと気づく時が来る。まるで呼び寄せられるようにして訪れた場所で、かつて夢の中で、あるいは白昼夢の中で見た光景に再び出逢う。 生きていると、そういうことがしばしば起きる。そういう体験をするたびに、時は未来から過去へと流れているように感じる。時が過去から未来へと一方向に流れるのは、私たちが肉体という制約の中に閉じ込められているからであって、実は両方向の流れが同時に起きているのだろう。…

語りすぎてはならない

何を描くかより、何を描かないかが重要だ。すべてを描いてしまうと絵は単なる説明に終わり、想像力を掻き立てる力を失ってしまう。絵であれ、音楽であれ、写真であれ、文学であれ、「何を語らないか」が重要であることに変わりはない。調香においてもそれは同じだった。イマジネーションや記憶を呼び起こすには、香りをただ加えて「それそのもの」を再現するのではなく、香りを記号に変換し、むしろ潔く削ぎ落とすことが重要だった。 随分前に「語りすぎてはならない」という言葉が不意に頭に浮かんで、しばらく離れなかったことを思い出した。あれは、絵を描き始めるずっと前、ピンホールカメラにさえ出逢っていなかった頃だ。今になってようやくあの言葉の示唆するところが少し理解できた気がする。 どのような形であれ、アートにおいては、何を「語らないか」こそが重要であり、且つ難しい。だからこそ、そこに作家性が現れるのだろう。 "Il ne faut pas s'exprimer comme on sent, mais comme on se souvient (感じるようにではなく、…

嘘は必ず滲み出る

どのように言えばいいのだろうとしばらく考えていたことに、ぽっと一つ答えが浮かんだ。要するに「嘘は通用しませんよ」ということだ。自分を欺く嘘は、他人を騙すため嘘よりもはるかに自分を蝕む。そして、言葉であれ他の形であれ、そこに嘘が潜んでいれば、それは滲み出てしまうものだ。 もしもいつか、また同じような状況に出くわしたなら、「嘘はいけませんよ」とただ一言伝えるだけでいいのだろう。…

何を削り、どこを省くか

先日完成させた絵には、違和感を覚える部分がある。しかし、さらに修正や手を加えるのは逆効果な気がして、そのままにしておくことにした。具体的に何が違和感の原因なのかを探すために、同じ情景をもう少し大きなサイズで描き直すつもりだ。また、どこをどこまで削る/省略するべきか、まだ確信が持てない。いくつかの異なるバージョンを試す必要があるかもしれない。 何を最も描き出したいのか、そしてそのために何を省かねばならないのかを考察し探求するというのも、土星と海王星の合らしいなと思う。絵を描くにあたっての自分の中の変化や取り組みも、天体の動きに連動しているようだ。やはり、"As Above, So Below" である。…

Arkhip Kuindzhiについて

Arkhip Kuindzhiについて改めて調べていたら、こんな記事を見つけた。彼が画家としての成功を収めた後、1882年から約20年間作品展示は行わず、公的な場からは退いて、一時は隠遁に近い生活を送っていたことは知っていたが、その間に彼がクリミアに購入した土地で質素な生活を営んでいたとは知らなかった。記録によると、彼はよく、周辺の人々が運んでくる怪我を負った鳥の世話をしていたらしい。また、彼はその間も多くの寄付を行い、貧しい画家生たちを助け、学生たちを自宅に招いていたそうだ。 彼の作品にはクリミアの風景を描いたものいくつもあるが、あれらは彼が実際に暮らしていた辺りの風景だったと知って、作品への親密度が増した。 彼はマリウポリでギリシャ系の貧しい家庭に生まれ、6歳で両親を亡くした後は長らく苦労を重ねたようだが、そうした自身の経験から、困窮している学生や友人画家には惜しみなく金銭的援助を行い、感謝した教え子たちが彼の肖像画をアカデミーに飾るよう求めたというエピソードも初めて知った。…

Clouds That Caught My Eye around 4:15 pm 04/03/2026

Clouds That Caught My Eye around 4:15 pm 04/03/2026 About an hour pastel sketch through the window Pastel on Pastelmat 18x24 cm I had intended to continue working on a painting in progress, but I became utterly captivated by the clouds drifting by outside the window. 制作途中の絵を描き進めるつもりだったが、…

描かされ、描いて、描かせてもらう

これまでは、写真や目の前の眺めをなるべくそのままに描くことに没頭してきたが、そろそろ「何を最も描きたいのか」「どこに焦点を置き、どこを省略するのか」「どのような構図にするのか」というようなことを考える必要がある。描かされている状態から、描く状態への移行と言えるのかもしれない。 そして、これからも繰り返しこの移行を重ねていくのだろう。一つ段階を昇っては、また描かされる状態へと移行し、また更に一つ上の段階で描く状態へと移行していく。いずれにしても「見る」目を鍛え、磨き続けていくのが重要なことに変わりはない。…