Light between the Storms, 2026

Light between the Storms 30-minute pastel sketch through the window Pastel on Pastelmat 18 x 24 cm⁡⁡ ストームの合間に現れた束の間の光。普段パステルで絵を描いている部屋の室温がようやく30℃を下回り、久しぶりにパステルの蓋を開け、窓の向こうの空をスケッチした。…

一瞬の永遠

Instagramで繋がっている素晴らしい画家さんたちが、一人はアメリカの公募展で作品が選ばれ、もう一人は母国で個展を開催されている。どちらも実に喜ばしいことだ。そして、屈託なく、即座にお祝いのメッセージを送れる自分がいることも、また嬉しい。 10年前の自分なら(そして当時もし絵を描いていたなら)、彼らと自分を比較して、不要な焦りを感じたり、自分なんてダメだと落ち込んだりしていたかもしれないなと思う。しかし、今は「何か別の目的のために絵を描いているわけではない」とわかっているので、自分が揺らぐことがない。何より、素晴らしいアート作品が多くの人の目に触れるのは、本当に素敵なことだ。 自我の置き所が変わったのだろう。以前の私は、社会内の相対的な自分だけを「自分」だと思って生きていた。だから、外側に見るものに影響されては自己も揺らいだ。 相対性からなるべく抜け出し、大きな意図を通せる自分へと変化できたことは、何よりも幸運だと感じている。 何かの手段としてではなく、行為そのものが目的になるときこそ、「生きている」時間だと感じる。時そのものになり、あらゆる分離が消える「一瞬の永遠」。そして…

Watercolour study: Sunset over Shinri Beach, Kume Island, 2026

水彩画6枚目は、昨年、久米島のシンリ浜で眺めた夕暮れの空を描いてみた。 熱波(熱ドーム)は去ったものの、室内の温度がなかなか下がらない。普段パステルで絵を描いている部屋の室温は、いまだ31℃もある。この国の建物は、冬の寒さに備えて断熱性が非常に高いため、一度熱がこもると冷えるまでに時間がかかるのが辛いところだ。 そんなわけで、まだしばらくは少しでも涼しい場所に移動して、水彩画の練習をする。水彩絵具はパステルと違って、扇風機を真横に置いても粉が飛び散らないので助かっている。…

Watercolour study: Storm Clouds over Galterö, 2026

水彩画5枚目 先日訪れたヨーテボリ南群島のGalterö島で眺めたストーム雲を描いた。 初めてWet-on-wet技法に挑戦したところ、やはり水のコントロールは難しく、だからこそ非常におもしろいと感じた。紙が乾く前に描き進めるスピード感もスリリングだ。しばらく練習を重ねていきたい。 水彩画、特にWet-on-wet技法に求められる速度は、パステル画にもおもしろい影響をもたらしてくれる気がする。ディテールを構築するのではなく、光と影を素早く捉え、空気や気配を描いて広がりをもたらすためのいい勉強になりそうだ。…

夢の中で異形の生物を食べる

今朝方、旅先で丸ごとの生魚(車海老ほどの大きさで、鮫や爬虫類、或いは虫を想起させる独特の形状だった)を殻から吸い出すように食べる夢を見た。咀嚼中に「あ、食べちゃった」と少し気持ち悪さを覚えて目が覚めた。この異形の生物のビジョンから、かつて読んだ松村潔氏の雑記帳の記述を思い出した。 松村氏は以前、エーテル的な疲労・枯渇を感じた際、金星から生命力をチャージしたと書かれていた。そして、そのエネルギーは「『へ』の字や『く』の字に折れ曲がった虫のような形状」に見えたと記している。私が生のまま食べた生物も、このエーテル的生命力の象徴だったのではないかと思った。 また松村氏は、別の記事の中で「食物を食べる行為は異物と自分との衝突であり、そのたびに自己は変容する。生食ほどその衝突は激しい」というようなことも書かれていた。夢の中で異形の生魚(或いは虫)を咀嚼し、気持ち悪さを覚えたのは、金星の本質を受け入れたことに伴う自己変容のプロセスだったのかもしれない。 2023年からパステルで絵を描き始め、数日前からは水彩画にも取り組んでいる。昨日ちょうど気になっていた水彩の技法を理解し、早速試そうとしていた…

初めての水彩画

イェーテボリから戻ってすぐ予定がいくつも立て続き、その後、身体のサイクルで体調が落ち、更には厳しい熱波がやってきて、あまりの暑さに何もできず、しばらく絵を描けずにいた。そんな中、ふと思い立って、2月に購入したまま放置していたSchmincke Horadamの水彩絵具セットを開封した。 初めての水彩画は、1月にロンドンで実際にこの目で見た J.M.W. ターナーの名作《The Scarlet Sunset》を模写してみた。 続いて2枚目には、先月末に訪れたイェーテボリ北群島に位置するRörö島の思い出を描いた。 紙の白を残したり、淡い色から徐々に濃い色を加えていく水彩は、影(暗)から光(明)を足していくパステルとは過程がまるで異なり、難しいけれどおもしろく、とても新鮮だ。 普段、私がパステルを広げて絵を描いている場所は、我が家の中でも一番明るいエリアで、当然ながら室温も最も高くなる。この熱波が過ぎ去るまでは、日中そこにはいられそうにないので、目にも涼しい水彩画で遊ぶことにした。パステルに比べると、水彩絵具は狭いスペースでもパレットを広げられるのと、粉の飛び散りを気にしなくて済む…

気の置けない友人とともに

昨夜はプラハで久しぶりに友人と会い、夕飯をともにした。彼女は私たちの結婚式の証人になってくれた人で、顔を合わせたのは2024年11月の式以来だった。 写真家である彼女との出会いは2016年、東京・御茶ノ水のギャラリーまで遡る。その後2年ほど経った頃にプラハで再会した。それ以来、頻繁に顔を合わせるわけではないけれど、彼女は私にとって「いつもどこかしらで繋がっていて、どんなに久しぶりでも時間の隔たりなく話せる」数少ない友人のひとりだ。 現在はお互いにプラハを離れて、それぞれチェコの異なる地方で暮らしている。しかし、どんなに環境が変わっても、彼女はきっと変わりなく彼女自身を十全に生きている。私もまた同じだ。だから、久しぶりに会ってもいつも通り、屈託なく笑い合えるのだろう。 あっという間の数時間だったが、昨夜もただただ愉快だった。 10年という月日が瞬く間に過ぎたことには驚くが、次の10年もあっという間だろう。そして、私たちは変わらずに、またこうして笑いあっているに違いない。…