偶然と必然と

Xで相互フォローしている方が京都を訪れていたようで、投稿された写真を見ているうちに、随分昔のことがいろいろと思い出された。 私は大学時代を含め、約10年ほど京都で暮らした。大学卒業後はただ生き延びるために様々な職に就き、住まいも何度か移った。友人の家を渡り歩いた時期もあったし、祇園町で間借り暮らしをしていたこともあった。当時はまだ自分の生きづらさの原因に気づいておらず、暴力的で支配的だった母から逃れ続けたい一心で、京都に留まっていた。振り返れば、あれはまるで、大波に浮かぶ小舟を渡るような日々だった。 数え切れないほどの出逢いや出来事があったはずだが、ふとした時に思い出されるのは、たとえば喫茶店の窓から眺めた雨に濡れる瓦屋根や、行く宛てもなく歩き続けた夜の街の匂いなど、一人でいた時のなんでもない光景がほとんどだ。 そういえば、少し前に、ある人が投稿された写真の中の歩道のタイルに目が留まった。それは、私が京都で一時期勤めていた事務所の近くの通りの歩道だった。場所の特定などできそうにない写真だったが、どうやら私の記憶には確かに残っていたようだ。時に、些細なものほど、より深く記憶に刻まれ…

夢の中の旅先で

夢の中で久しぶりに母に会った。私たちはそれぞれ別の場所から旅をしてきて、大きなホテルで待ち合わせをしていた。夢の中の設定ではそこは「京都」のようだったが、もちろん実際の京都とはまったく異なる、どこか知らない場所だった。 ホテルのロビーはチェックインを待つ人々で混雑していて、私もレセプションの列に並んだ。先に到着していた母に「3泊することにした」と伝えた。母は、私の少し前に並んでいた男性を指して、「あの人、荷物を海外の自宅へ送りたいそうなんだけど、どうすればいいかわかる?」と私に尋ねてきた。 確かにその男性はかなり大きな荷物を持っていた。しかし、私は普段そんなに大きな荷物は運ばないので、「レセプションで相談するのがいいのでは?」と答えた。いつも通り、夢の中では母の姿ははっきりとは見えなかったが、それでもそれが母であることは明確だった。夢の中では死者の姿は見えない。 私たちが泊まっていたホテルは、古き良き時代の都市型高級ホテルといった風情で、中に大きな階段があったのを覚えている。ベージュからゴールドで統一された内装がほどよい高級感を漂わせていて、居心地が良かった。…

出かけるたびに

仕事や用事でプラハへ出向くたびに、思いがけない新たな出逢いが用意されている。昨日は用事先で、パリ在住の映像作家の女性を紹介され、彼女が企画しているアートプロジェクトへのお誘いを受けた。先月は、乗り込んだ電車に不具合が生じて駅で一時間近く停車したままになり、偶々隣のテーブル席に座っていた方と知り合った。 思えば旅先でも、偶然の巡り合わせが多くの思わぬ出逢いをもたらしてくれる。行く先々で、出逢ったばかりの人から打ち明け話を聞くことも多い。Vítからはいつも、「あなたは出かけるたびに面白い人に出逢うよね」と言われている。普段はほぼ引きこもりの私が、それでもこうして人との出逢いに恵まれるのは、何かしら持って生まれた運なのかもしれない。 昨年ポルトガルを再訪した時にも、2つの異なる街で「重病の母親のケアをしている女性」に立て続けに出逢い、話を聞いたことを思い出した。私自身も母を看取った経験があるので、彼女たちの思いや涙も、わかる気がした。そのうちの一人とは、今でも時々メッセージを交わしている。 こんな風に外へ出かけるたびに思いがけない出逢いがあるのは、おそらく私が基本的にはいつも一人でいる…

Silent Flight - Sky over the Sea in Cancale, 2026

Silent Flight - Sky over the Sea in Cancale Pastel on Sennelier Pastel Card 24 × 32 cm⁡ 2023年10月末、私は素晴らしいパステル画家、Catherine Hutterさんのギャラリーを訪ねるため、初めてブルターニュのカンカルへ旅をしました。そこに広がっていた海は、まるで内側から発光しているかのように淡い銀色に輝いていて、忘れられないほど印象的でした。そして不思議なことに、その景色は、随分前に白昼夢の中で見た場所であるかのように感じられたのです。 12、3年前、まだ東京に住んでいた頃、仕事帰りの地下鉄の中で鮮明な白昼夢を見ました。そこは美しい海でした。私は足首まで海水に浸かりながら、向こう岸に浮かぶ特徴的な建物のシルエットを眺めていました。そして、そこに誰かが待っているような気がしたのです。ひんやりとした水の感触は心地よく、なぜかしら懐かしさを覚える光景でした。 後になって、その白昼夢の中で見た遠くの建物が、モン・サン=ミシェルによく似ていることに気づきました。良質な牡蠣で知られるカンカル…

それでもなんとか生きている

50歳を過ぎてから、元々あったADHDやOCDの傾向にますます拍車がかかっている。平日日中は常に無意識の焦燥感に追われているような状態で、頭が容易くフリーズし、疲れてくると強迫行為も増すので、夕方にはへとへとに疲労困憊している。調べてみると、これもやはり更年期によるエストロゲンの減少が、脳内神経伝達物質の働きに影響を及ぼしているかららしい。 また、私は普段は英語で日常生活を送っているが、以前からあった「PMSや月経期間になると言葉がスムーズに出てこなくなる傾向」が一段と強まっている。話すこと自体に苦痛を覚えることも少なくない。どうやらこれも、エストロゲン減少による脳への影響のようだ。 しばらく前から、以前のようにはあれもこれもこなせなくなり、一日のうちに出来ることの量がすっかり減ってしまっていたが、最近はますますそれを実感している。友人へ返事を書こうと用意したポストカードは数ヶ月間放置したままだし、別の友人に送るつもりの品物も長らく置いたままになっている。 あまりに何も出来なくて、延々と増えていくタスクに、ときおり心が折れそうになることもある。しかし、肉体の変化に起因するものであ…

夢に導かれて

2023年に訪れたサン=マロで、現地に住む友人と一緒に眺めた夕陽を絵に描いた。昨年、ほぼ未使用のSennelierのパステルセットを譲ってくれた彼女に、この絵を贈るつもりだ。 海岸線沿いのドライブも楽しかったし、一緒に食べたガレットも美味しくて、とても愉快な時間だった。サン=マロも、その前にしばらく滞在したカンカルも、実に居心地のいいところだった。そろそろまた、あの地を再訪したいと思っている。 特にカンカルの海は、まるで内側から発光しているかのように淡い銀色に輝いていて、印象的だった。そしてあの地は、まだ私が東京にいた頃、不意にやってきた白昼夢のような幻影の中で佇んでいた場所にとてもよく似ていた。 不思議な夢の中で見た場所を探して久米島を訪れたり、不意にやってきた白昼夢のビジョンそのままの景色にカンカルで巡り合ったり。思えば私は、よく「夢」に導かれて旅に出て、旅先で記憶の中の景色に再会している。 さらに古い体験を思い出した。 十数年前、仕事帰りに当時暮らしていた谷中の歩道を歩いていたときのこと。慣れ親しんだ目の前の道に、見たこともない石畳が重なって見えた。まるで異なるふたつの…

旅について

Xで一人旅に関するタグを目にし、私はたいていいつも一人で旅に出るので、あえて「一人旅」と意識したことがなかったなと気づく。どこかへ行こうと思い立つと、ごく自然に一人で行く前提で計画を立てている。最近は日本への旅も含めて、年に3〜4回チェコ国外へ旅をするのが習慣になりつつある。 日本にいた頃、私には海外旅行をするような余裕はなかったが、おそらくだからこそ、様々な国の風景を眺め、様々な国の芸術に触れては、旅への憧れを募らせていた。もちろん当時は、自分がやがてチェコに移住することになるなど想像すらしていなかった。 最近は、特に絵を描き始めてからは、「あの地へ行ってみたい」という憧れのような感覚は薄れてきた。今は、特定の展覧会や画家の作品、彼らが描いた風景、あるいはその土地にしかない動植物や文化など、「何か」をこの目で見に行くという、より具体的な目的が旅のきっかけになっている。 この変化を通じて過去を振り返ると、日本にいた頃の私は、誰かによって作り出された「幻想」を通して、憧れを募らせていた気がする。初めてNYCを訪れた時は、繰り返し眺めたErnst Haasの写真の中の気配を追っていた…